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窒素を含んだ環状化合物は生理活性が強く、天然物や医薬品によく見られます。
そのため昔からよく知られていて、慣用名で呼ばれている物質がとても多いです。
しかし、たくさんあるそれらは名前も似ていて、非常にややこしい。
ピペリジンやピロリジンの誘導体などは有機合成の反応剤として用いられ、私もよく使うのですが名前がややこしくてしょっちゅう調べ直しています。
また最近、トリアジンやカルバゾールなどの含窒素複素環式化合物は有機エレクトロニクス材料にも用いられます。
そこで、私の備忘録としても兼ねて、100種類の含N環化合物をご紹介!



三員環(アジリン系)





アジリジン(Aziridine)、ジアジリジン(Diaziridine)、
アジリン(Azirine)、ジアジリン(Diazirine)、ジアジレン(Diazirene)


もっとも単純なアジリジンはアンモニア臭のする毒性液体。
窒素が二つのものは頭に「ジ」をつける。
N=Nを持つジアジレンだけ語尾が特殊なので注意。



四員環(アゼト系)




アゼチジン(Azetidine)、ジアゼチジン(Diazetidine)、トリアゼチジン(Triazetidine)、
アゼト(Azete)、ジアゼト(Diazete)、トリアゼト(Triazete)


ほとんどの含N環化合物は語尾が「~ine」もしくは「~ole」なのに対し、アゼト(azete)は非常に珍しい名前をしている。



五員環(ピロール系)




ピロリジン(Pyrrolodine)、ピラゾリジン(Pyrazolidine)、イミダゾリジン(Imidazolidine)、
トリアゾリジン(Triazolidine)、テトラゾリジン(Tetrazolidine)、ピロリン(Pyrroline)、
ピラゾリン(Pyrazoline)、イミダゾリン(Imidazoline)、トリアゾリン(Triazoline)、
テトリゾリン(Tetryzoline)、ピロール(Pyrrole)、ピラゾール(Pyrazole)、
イミダゾール(Imidazole)、トリアゾール(Triazole)、テトラゾール(Tetrazole)


ピロールは、2つの二重結合とN上のローンペアから成る6π電子系の芳香族化合物。
ピロールを基本として、語尾を「~ine」とすれば二重結合1つ、「~idine」とすれば飽和になる。
テトリゾリンだけ特殊なので注意。



六員環(ピリジン系)




ピペリジン(Pyperidine)、ピペリデイン(Piperideine)、
ピペラジン(Piperazine)、トリアジナン(Triazinane)、テトラジナン(Tetrazinane)、ペンタジナン(Pentazinane)、
ピリジン(Pyridine)、ピリダジン(Pyridazine)、ピリミジン(Pyrimidine)、
ピラジン(Pyrazine)、トリアジン(Triazine)、テトラジン(Tetrazine)、ペンタジン(Pentazine)
※ トリアジンやテトラジンには異性体があり、位置番号を付して区別する。


ピリジンはベンゼンのCHがNに置き換わったもので、同じく6π電子系。
環の外を向いたNのローンペアはπ軌道に対して直交しているため、π電子数にカウントされない。
Nの数や飽和度の変化による名前の活用がかなりカオス。
ペンタジンは非常に不安定そうだが、少なくとも沸点の220℃までは生きているというのがすごい。
ピリジン、飽和型ピペリジンもその他も最悪に臭い。
これら以外も窒素が入ってる液体物質はどれもとても臭い。



七員環(アゼピン系)




アゼパン(Azepane)、ジアゼパン(Diazepane)、トリアゼパン(Triazepane)、テトラゼパン(Tetrazepane)、
アゼピン(Azepine)、ジアゼピン(Diazepine)、トリアゼピン(Triazepine)


ベンゾ縮環体であるベンゾジアゼピン等は医薬品として重要。
窒素が増えると頭に数詞をつける。



八員環以上




アゾカン(Azocane)、アゾナン(Azonane)、アゼカン(Azecane)、
アゾシン(Azocine)、アゾニン(Azonine)、アゼシン(Azecine)


名前の付け方のわけがわからない。
10π電子系芳香族化合物であるアゾニンは平面形であり、水分子と相互作用したり非常に特異な性質を示すらしい。
11員環以上はIUPAC命名法に従う。



インドール系




インドール(Indole)、インドレニン(Indolenine)、インドリン(Indoline)、
イソインドール(Isoidole)、イソインドレニン(Isoindolenine)、イソインドリン(Isoindoline)、
インドリジン(Indolizine)、プリン(Purine)、インドリジジン(Indolizidine)


インドールはウンコの臭いがする固体。(実際大便に含まれている。)
しかしインドールは薄ーーーーーーく希釈するとジャスミンの香りになる。
インドールやイソインドールの骨格を持つ拡張π系化合物は可視光領域に強い吸収を持つものが多く、例えばジーンズの青色色素であるインジゴ等が有名。
インドレニンはシュードインドール(Pseudoindole)という別名もあるみたいです。



キノリン系




キノリン(Quinoline)、イソキノリン(Isoquinoline)、キノリジジン(Quinolizidine)、
キノキサリン(Quinoxaline)、シンノリン(Cinnoline)、キナゾリン(Quinazoline)、
フタラジン(Phthalazine)、ナフチリジン(Naphthyridine)、プテリジン(Pteridine)


キノリンやキノキサリンも医薬品や色素骨格として重要。
そしてやっぱり臭く、吸い込むとめまいや粘膜炎をおこす。


三環式




カルバゾール(Carbazole)、フェナントロリン(Phenanthroline)、
アクリジン(Acridine)、ナフタジン(Naphthazine)、フェナジン(Phenazine)


カルバゾールやフェナジンは有機エレクトロニクスにおいて非常に重要な位置を占める。
カルバゾール誘導体は電子を放ち陽イオンになりやすいためホール輸送性、フェナジンや先のトリアジン誘導体は電子を受け入れ陰イオンになりやすいため電子輸送性を示し、有機半導体となる。
ちなみに我が友カルバゾールは有難いことに無臭の固体。



その他




ピロリジジン(Pyrrolizidine)、キヌクリジン(Quinuclidine)、DABCO、ヘキサミン(Hezamine)、
DBN、DBU、モルファン(Morphan)、ベンザゾシン(Benzazocine)、
アゼピンドール(Azepindole)、モルフィナン(Morphinan)、ハスバナン(Hasubanan)


DBN(ジアザビシクロノネン)やDBU(ジアザビシクロウンデセン)、DABCO(ジアザビシクロオクタン)は系統名の頭文字を取った略号であり慣用名ではないが、一般の共通認識としてそう呼ばれている。
DBNやDBUは求核性のない塩基、DABCO(ダブコ)は非常に求核性の高い塩基である。
ヘキサミンは一見複雑な構造をしているが、4分子のアンモニアと6分子のホルムアルデヒドを縮合するだけで合成できる。
モルフィナンやハスバナンはアルカロイドの骨格であり、モルヒネやヘロインはモルフィナンの誘導体である。



ポルフィリン系




ポルフィリン(Porphyrin)、クロリン(Chlorin)、コロール(Corrole)、ノルコロール(Norcorrole)、
コリン(Corrin)、サブポルフィリン(Subporphyrin)、フタロシアニン(Phthalocyanine)、
ナフタロシアニン(Naphthalocyanine)、アントラコシアニン(Anthracocyanine)


ポルフィリンフタロシアニンは色素として非常に重要な物質。
これらは中心に金属イオンを取り込み、非常に安定な平面型錯体を作ることができる。
例えばヘモグロビンの酸素結合部位はポルフィリンのFe錯体、クロロフィルの光活性中心はクロリンのMg錯体である。
フタロシアニン類は非常に頑強な人口色素であり、その誘導体は新幹線の青色塗料からDVDの光記録材料まで、身の回りのあふれている。
ポルフィリンやフタロシアニンはヒュッケル則を満たす18π電子系の芳香族。
一方ノルコロールは16π電子系の反芳香族であり、非常に興味深い酸化還元特性を示す。
テトラピロール類は非常に多種の誘導体があり、どれも非常におもしろい性質を持つため、また今度紹介します。



含N環化合物、いかがでしたでしょうか。
CHNだけでできているのに、さらっと書いただけでこんなに種類があります。
いかに有機化合物が多種多様かわかりますね。
有機化合物の多様性に敬意を示しながら、彼らのややこしい名前を頑張って覚えてあげましょう!



参考
『Chemspider』(英国王立化学会(RSC)運営のフーリーデータベース)
↑ 構造式検索でだいぶ遊べます。
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2014年あけましておめでとうございます!

去年は当サイトをご覧いただきありがとうございました、今年も宜しくお願いいたします!


さて今年は午年(うまどし)。

ということで馬と言えばこの化合物、馬尿酸を紹介します。



今日の分子No. 82:馬尿酸 C6H5CONHCH2COOH

英名では「Hippuric acid」といい、ギリシャ語の「Hippos」(馬)+「ouron」(尿)で日本語と同じ。

別名:N-ベンゾイルグリシン。

グリシンH2NCH2COOHのアミノ基-NH2ベンゾイル基-COC6H5が置換した構造をしている。

すなわち、安息香酸C6H5COOHとグリシンとのアミド(R-CO-NH-R')である。



馬尿酸 = N-ベンゾイルグリシン


その名の通り、馬の尿中に含まれる。

生体内でタンパク質の分解物として生じるアンモニアNH3は有害なので、随時適切な方法で排出しなければならない。

魚の場合は周りが水に囲まれているので、エラからアンモニアをそのまま捨てる。

人間(霊長類)の場合は主に尿素NH2CONH2、鳥類は尿酸C5H4N4O3、その他哺乳類はアラントインC4H6N4O3(尿酸の酸化物)の形で尿として体外に排出する。

人体内でもプリン体の代謝によって尿酸が合成される。(痛風の原因になる。)



窒素分排出形態:アンモニア、尿素、尿酸、アラントイン、馬尿酸の構造

構造を見れば、アンモニア以外はアミドの形で体外に排出されることがわかる。



反応

馬尿酸は安息香酸とグリシンのアミドであるので、加水分解により安息香酸とグリシンを生じる。



馬尿酸の加水分解

※ 塩基性で加水分解するとカルボン酸塩が生じるので、中和して酸を遊離する。


一方、安息香酸とグリシンを直接反応させて馬尿酸を合成するのは難しい。

なぜなら安息香酸とグリシンの脱水縮合反応に、グリシンの自己縮合反応が競合してしまうからである。

そのため、例えばより反応性の高い塩化ベンゾイルC6H5COClとグリシンを反応させて合成する。



馬尿酸の合成



馬尿酸と有機化学の歴史~「基」の発見

馬尿酸は、19世紀の有機化学黎明期、激動の時代に関係した物質です。

ベンゾイル基の発見、「基」(官能基)の概念の発案に関わりました。

有機化学の父、ユストゥス=フォン=リービッヒ(リービッヒ冷却管の発明者)とフリードリヒ=ヴェーラー(尿素合成)のお話です。


19世紀前半、まだ「分子」というものがどんなものか分かっておらず、有機化合物は生物しか作り出せないものだと思われていた。

1825年の秋、リービッヒの雷酸(HCNO)塩とヴェーラーのシアン酸(HOCN)塩は同じ組成を持つにも関わらず全く異なる物質であったことから、両者は激しく論争を巻き起こした。

結果、二人はその2物質を、組成は同じであるが原子配列が異なると結論付け、「異性体」という概念を作り出した。

以来二人は非常に固い友情関係を持つようになる。


しばらくして1828年、ヴェーラーは無機化合物であるシアン酸アンモニウムNH4OCNを加熱すると有機化合物である尿素NH2CONH2が生じることを発見した。
※ 現在の定義では、厳密には尿素は有機化合物ではない。

かの有名な「ヴェーラー合成」であり、これまでの常識「有機化合物は生物しか作り出せない」(生命力:リーベンス・クラフト)を覆した。

それに触発されたリービッヒは同じく人尿に含まれる尿酸に目をつけ、転じて馬尿を調べてみたところ、馬尿酸を発見した(1829年)。

馬尿酸を分解すると古くから知られていた安息香酸が得られることも発見した。


ここでリービッヒとヴェーラーは苦扁桃油(主成分:ベンズアルデヒドC6H5CHO)の共同研究をスタートさせる。

ベンズアルデヒドを酸化しても安息香酸が得られる。

当時リービッヒは元素分析装置(現在も使われている燃焼式)を完成させていて、元素組成を精密にかつ素早く測定することができた。

ちょうどその時妻フランチスカを亡くした悲嘆のヴェーラーは、リービッヒの薦めで彼のギーセン大学に来、辛さを忘れるため2人はおよそ1か月熱狂的に実験を行った。

彼らの実験は次のようである。

1. 苦扁桃油を精製し、それ(ベンズアルデヒド)がC7H6Oという組成比であることを元素分析によって明らかにした。

2. ベンズアルデヒドに酸素O2を吸収させると、酸素が1つ増えた安息香酸C7H6O2になる。

3. 苦扁桃油に塩素Cl2を通すと塩酸が生じ、新しい油状物質(塩化ベンゾイル)C7H5OClが得られた。

これは苦扁桃油の水素原子1つが塩素原子に置き換わったことを意味する。

4. この油状物質(塩化ベンゾイル)を水H2Oと反応させると、塩化水素HClと、なんと安息香酸が生じる。

5. ベンズアルデヒドに臭素Br2を反応させると臭化ベンゾイルC7H5OBrが得られる。

6. 塩化ベンゾイルにヨウ化カリウムKIを反応させるとヨウ化ベンゾイルC7H5OIが得られる。

5. これらの結果から、

・ ベンズアルデヒド:C7H5O-H

・ 安息香酸:C7H5O-OH

・ 塩化ベンゾイル:C7H5O-Cl

・ 臭化ベンゾイル:C7H5O-Br

・ ヨウ化ベンゾイル:C7H5O-I

となり、色々な化学反応の中でC7H5Oという単位が一塊になって動いている。

また、ハロゲン化物はいずれも水と反応してハロゲン化水素と安息香酸を与え、C7H5O単位の性質が伺える。



リービッヒとヴェーラーの実験

この結果から二人は論文中でこう述べている;

「この論文に掲載した緒関係を、今一度見渡して総括するならば、我々は他の物質との、ほとんど全ての結合関係において、その本性と組成を変えないところの、ただ1つの化合体をめぐって、前記すべての緒関係がつながっていることを見出す。この安定性と、現象における一貫性から、我々はその化合体を一個の複合基体と考え、これに対してベンゾイルという特定の名称を提案する。この基(ラジカル)の組成を14C+10H+2O(※)によってあらわした。」

※ 当時は組成比しかわからなかったため、無水安息香酸(C7H5)2Oを基準としてベンゾイル基をC14H10O2と計算していた。

「他の試薬を作用させるにおいて、つねに同一のままにとどまっており、三種の元素から複合された1つの化合物があること、そしてこの化合物はただ安息香酸の基(ラジカル)であるのみでなく、おそらくいくつかの類似化合物の最も変化することのない基体であるとみなしうる。」

彼らはベンゾイル基が便宜上のものではなく、確かな原子集団として物質から物質へと移ることをイメージしていたのである。

この論文はベルセリウスらの賞賛をもって、1832年『薬学年報』(『Annalen der Pharmacie』:現在の『European Journal of Organic Chemistry』)に掲載される。


このように、馬尿酸とその分解によって安息香酸が得られるという発見から、現在の有機化学にはなくてはならない「官能基」の概念が生まれ出でたのである。

ちなみに、リービッヒは2年後の1834年にはエチル基-C2H5も発見している。

◎ なので、官能基第一号は簡単なメチル基やエチル基ではなくて、ちょっとややこしくてマニアックなベンゾイル基なんです。



さて、大学入学時あたりからこんな風にリービッヒファンの筆者ですが、大学4回生の研究室配属で初めて貰ったテーマがベンゾイル基の置換基効果に関する研究であったのは何の因果だろうか。

自分も化学史の延長線上にいることをしみじみ感じます。

さる2013年はそれ関連の研究で某学会で賞を取ったりした一年でした。

今年2014年も過去の偉大な化学者に負けないよう、敬意を示して頑張ろうと思います。



参考


さる11月9日・10日はサイエンスアゴラに参加していました。

サイエンスアゴラとは簡単に言うと科学のお祭りで、毎年お台場で開催されます。

私は元素周期表同好会の一員として、えれめんトランプを使って主に小学生に元素と周期表を教えてました。

2日目の晩にはTwitterで絡んでいるフォロワーさんたちとオフ会をしたり、非常に楽しい2日間でした。


元素周期表同好会員たちでお食事をしているとき、会員のKさんがウランガラス(ケータイのストラップ!)を見せてくれました。

ウランガラスとはその名の通りウランUが含まれているガラスで、紫外線を当てると光ることが知られています。

たまたま私が紫外線LEDを持っていたので照射してみると、写真のように美しい緑色発光を示しました!



ケータイストラップのウランガラスの発光
ケータイを持ち上げているのは持主のKさん。UV-LEDを当ててるのは私Chemis。
写真を撮ってくれたのは元素学たんの中の人。


ウランガラスの発光は生で見たことがなかったので感動。

特に私は光化学が専門なので、とてもテンションが上がりました。

・・・ということで今回はウランガラスとその発光過程についてご紹介します。



ウランガラス


ウランガラスとは、ウランがドープされたガラスです。

ウラン由来の黄~緑色に美しく着色し、19世紀初頭から製造が始まったとされます。

ケイ砂SiO2に水酸化カリウムKOHや石灰石CaCO3を混ぜた一般的なガラスに、二ウラン酸ナトリウムNa2U2O7を微量(0.1~1 wt%)混合して作られるそうです。

さらに銅やクロム等の塩を混ぜることで色合いを調節できるそうです。


そしてウランガラスの最大の特徴はやはり、光ること!

ブラックライトで照らすと550 nmくらいの緑色の光を出します。

写真では薄緑色のウランガラスにUV-LEDで370 nmの紫外線(UV)を照射していて、ウランガラスから緑色の発光が見えています。


370 nm紫外線励起によるウランガラスの緑色発光



ウランガラスの発光


ではウランガラスはどのように光っているのでしょうか。

ウランガラス中の発光中心は、ウラニルイオンUO22+です。


ウラニルイオンUO22+の構造

これはU6+イオンにO2-イオンが2つ配位した錯イオンで、直線構造をしています。

実際にはさらに赤道方向(エカトリアル位)に4~6個の配位子がついてガラス中に存在します。


ウラニルイオンは次に示す経路で発光します。



ウラニルイオンの発光過程

1. 紫外線励起
基底状態のウラニルイオンが紫外線のエネルギーを吸収し、もともと最高占有分子軌道(HOMO)にあった片方の電子が最低非占有分子軌道(LUMO)に移動し、励起状態になります。

ちなみにHOMOはウランのfもしくはd軌道と酸素のp軌道から成り、LUMOはウランのf軌道から成ります。
HOMOは酸素に偏っているので、励起すると配位子酸素側から中心ウラン側への電荷移動遷移(LMCT)となります。
ウランガラスの黄色は、このLMCT遷移の紫光の吸収に由来します。


2. 項間交差
励起された直後は図のように電子のスピンの向きがそのままで、2つの電子は逆向きのスピンをしています。(一重項励起状態
しかし振動摂動によって項間交差(ISC)が起こりスピンが反転します。(三重項励起状態

ちなみに三重項励起状態は一重項励起状態よりも安定です。


3. 放射失活
励起状態から基底状態へ落ちるとき、そのエネルギー差に対応する波長の光を放出することで発光が起こります。(放射失活
ウラニルイオンの場合は緑色に発光します。

なお、図のようにウラニルイオンの場合、スピンの反転がおきつつHOMOに遷移しなければなりません。
これは禁制遷移であるため起こりにくく、長い発光寿命(ウランガラスの場合300マイクロ秒程度)になります。
すなわち、ウラニルイオンの発光はりん光です。

ちなみに項間交差なしで一重項励起状態から一重項基底状態へ放射失活したときの光が蛍光で、許容遷移なのでナノ秒オーダーの短い発光寿命を持ちます。
本やwebサイトで「ウランガラスの緑色蛍光」と書いてあることが多いですが、マチガイです。



以上のようにウランガラスは発光します。

マニアックな単語が多かったと思いますが、これが光化学です。

面白いでしょう?

蛍光灯や夜光塗料なんかも、こんな感じに様々な経路で電子が移動し、発光します。

身の回りで光る物質を見つけたら、どのように光っているのかぜひ調べてみてください。

非常に面白い光化学の世界が見えてきますよ!



参考





「塩化アルミニウムってどんな物質?」

小・中・高校生「アルミニウムを塩酸に溶かしたら生じるなんの変哲もない塩。」

大学生「極めて強いルイス酸であり、水と激しく反応して塩化水素を生じる危険な物質!!」


実はこの2つの「塩化アルミニウム」は全く違う物質です。

小学校から習うおなじみの物質、塩化アルミニウムAlCl3

しかしこの物質は我々のイメージとは非常に異なった構造、性質を持つ物質です。


金属アルミニウムを塩酸に溶かして生じるのは塩化アルミニウム水和物[Al(H2O)6]Cl3、Al-Cl結合はない ―

金属アルミニウムを塩素ガスと反応させて生じるのは無水塩化アルミニウムAlCl3、非常に危険な物質 ―


2つの意外な姿を持つ塩化アルミニウムを、ひとつずつご紹介いたしましょう。



塩化アルミニウム水和物 [Al(H2O)6]Cl3




小学校でも習うこの反応;

「金属アルミニウムを塩酸に溶かすと塩化アルミニウムが生じる。」

このとき生じる塩化アルミニウムとは、実は錯イオンであるヘキサアクアアルミニウムイオン[Al(H2O)6]3+と塩化物イオンCl-から成る錯塩[Al(H2O)6]Cl3です。

後述の「真の」塩化アルミニウムと区別するため「塩化アルミニウム水和物」と呼ばれることもあります。

晶析させることで結晶として取り出すこともできますが、上図のような構造でありAl-Cl結合はありません

決してAlと3つのClが結合した「AlCl3」ではありません。

しかし慣習上、金属イオンに配位した水分子は省略して書くことが多いので、普通AlCl3と表記されます。


ヘキサアクアアルミニウムイオン[Al(H2O)6]3+は、アルミニウムイオンAl3+に電気的に中性な水分子H2Oが6つ配位した錯イオンです。

実はこいつはなかなかややこしい化学種で、水溶液のpHや濃度で様々な姿に変化します。

下式のように配位した水分子の酸素はプラス電荷を帯び、容易に水素イオンH+が外れるため酸として振舞います。



3つのH+が取れると電気的に中性な水酸化アルミニウムAl(OH)3(水に不溶)になり、さらにもう1つH+が取れると一価の陰イオンであるテトラヒドロキソアルミン酸イオン[Al(OH)4]-(Na塩などは水に可溶)が生じます。

従って塩化アルミニウムの水溶液に水酸化ナトリウムNaOHを少量加えると沈殿が生じ、大量に加えると沈殿が溶けるというお馴染みの現象が起きるわけです。



このように、実は我々がよく知っている塩化アルミニウムとは、Al3+とCl-がイオン結合した"AlCl3"ではなく、アルミニウムイオンが水に取り囲まれた[Al(H2O)6]Cl3という物質だったのです。


ちなみに、アルミニウムを塩酸に溶かした溶液を加熱し蒸発乾固させて[Al(H2O)6]Cl3の結晶を得ることは難しい。

この塩は非常に熱分解しやすく、加熱によって残るのは水や塩化水素HClが取れた酸化アルミニウムAl2O3です。

ましてや後述の「真の」塩化アルミニウムも生じません。

このことからもこの塩がAl-O結合を持っているとわかります。

[Al(H2O)6]Cl3の結晶を得るためには低温で濃縮したり、後述の「真の」塩化アルミニウムを塩酸に溶かした後塩化水素ガスを吹き込んで析出させたり、工夫が必要です。



無水塩化アルミニウム AlCl3

金属アルミニウムに乾いた塩素ガスや塩化水素ガスを反応させると(無水)塩化アルミニウムが生じます。

2Al + 3Cl2 → 2AlCl3

2Al + 6HCl → 2AlCl3 + 3H2

この塩化アルミニウムというのが、我々がイメージするようなAl-Cl結合を持つ物質です。

前述の塩化アルミニウム水和物[Al(H2O)6]Cl3とは全く異なる物質であり、区別するために「無水塩化アルミニウム」と表記されることもあります。

結晶状態では下図左のような構造(AlCl3)nになっていますが、液体・気体状態や、ベンゼン等の溶液中では右のようなμ-クロロ架橋二量体(AlCl3)2になります。



アルミニウムは価電子数が3つなので、3つのClと結合しただけのAlCl3分子ではオクテット則を満たすことができません。

そこでもう1分子のAlCl3とClの非共有電子対を授受することでオクテット則を満たしているのです。




さてこのような我々がイメージするような構造の無水塩化アルミニウムAlCl3ですが、その性質はイメージと全く異なるものです。

この物質は水と非常に激しく反応し、塩化水素を発生します。

AlCl3 + 3H2O → Al(OH)3 + 3HCl

空気中の湿気とも反応するので、無水塩化アルミニウムのビンをあけるとたちまちに白煙を上げて塩化水素を発生します。

またこの物質は非常に強いルイス酸であり、フルーデル=クラフツ反応などの触媒として有用です。

だから私もよく使う物質なのですが、コイツを使うときは目や鼻を刺すような白煙の中、息止めながら素早く秤り取らなければいけません。

さらに、反応が終わったら反応溶液に水を加えてクエンチ(潰す)しなければならないのですが、これがまた大変。

水を加えると激しく塩化水素ガスを生じるので、ゆっくり注意深く処理せねばなりません。

反応のフラスコにはゴム管とガラス管を取り付けて、生じた塩化水素ガスをアルカリの水溶液(塩基トラップ)へ導くことで中和処理します。

以前大スケール反応の後処理で塩化アルミをクエンチした際、非常に激しく塩化水素が発生し制御不能になり、塩基トラップが処理限界を突破して破裂させてしまった経験があります。

・・・っと、このくらい無水塩化アルミニウムはイメージと異なる危険な物質なのです。


また、無水塩化アルミニウムのAl-Cl結合はイオン結合ではなく、共有結合です。

だから液体状態の無水塩化アルミニウムは電気伝導性をほとんど示しません。



このように、塩化アルミニウムは非常にイメージと異なった物質なのです。

塩酸に溶かしてできる「いつもの塩化アルミニウム」はAl-Cl結合がなく、無水塩化アルミニウムは危険な試薬で共有結合性・・・・

思っていた構造・性質と大きく異なり、びっくりだったでしょうか。

大学生の方には、学生実験で塩化水素を撒き散らす塩化アルミニウムを使って「こんな物質だったっけ・・・?」と戸惑った経験のある方もいると思います。

そもそも二種類の「塩化アルミニウム」があったわけですね。

どちらもAlCl3と表記されるのにこんなに違う、化学って面白い!



参考




2013年9月現在、周期表には114個の元素名が記載されています。

そして間もなく、日本の理化研で発見された113番元素が名前を貰います。

元素名には、元素の性質や発見された場所に由来するものや、神話や民話をモチーフにしたもの、偉人を称えて名付けられたものなどがあります。

今回は神聖なる神の名を受けた元素たちを紹介します。

中には元素の性質を神の特徴と照らし合わせていたりシャレになっていたりと、元素発見の歴史を感じることができます。



神の名を持つ元素たち

神の名前を由来とする元素と、その豆知識を以下に記します。


【チタンTi:巨神タイタン】
ギリシャ神話、ローマ神話に登場する巨大な神タイタンに由来。


【バナジウムV:愛と美の女神バナジス】
スカンジナビア神話の愛と美の女神バナジスに由来。
金属バナジウムは表面に薄い酸化膜を生じることにより光の回折を生じ、非常に美しく様々な色に着色する。
このことから美の女神の名を貰ったとか。


【テルルTe:大地の女神テルース】
ローマ神話の大地の女神テルースに由来。
テルースは「地球」の代名詞でもあり、次のセレンSeの命名の元となった。


【セレンSe:月の女神セレーネ】
ギリシャ神話の月の女神セレーネに由来。
セレンは16族元素であり、テルルTeの上に位置する。
当時すでに「地球」テルルは知られていて、その上にあるから「月」でセレンと名付けられたのだとか。
テルルに性質が似ていたからという説もある。


【タンタルTa:フリギア王タンタロス】
ギリシャ神話のフリギアの王タンタロスに由来。


【ニオブNb:タンタロスの娘ニオベ】
ギリシャ神話のフリギア王タンタロスの娘ニオベに由来。
タンタルとニオブは周期表上で上下隣に位置し、性質がよく似ていて単離が困難であった。
当時既に知られていたタンタル(とニオブの混合物)から単離され、タンタルの娘ということでニオブと名付けられたとか。


【プロメチウムPm:悲劇の神プロメテウス】
ギリシャ神話の神プロメテウスに由来。
プロメテウスは人間が幸せになると信じて火を与えたが、人間は火を使って武器を作り戦争を始めた。
それをゼウスに咎められ、プロメテウスが半永久的な拷問に掛けられたという話は有名である。
「プロメテウスの火」とは、人間には扱いきれない科学技術の暗喩。
プロメチウムは元素番号61番の比較的軽い元素だが、安定同位体が存在せずウラン235の核分裂によって生じる。
ウランの核分裂生成物を研究していたチャールズ=コリエルらによって、ウラン鉱から単離された。(1947年:原爆投下の2年後)
原子力が人間にとって夢の新エネルギーであり、同時に原爆等の破壊兵器の元であるという「プロメテウスの火」であることを暗示した元素名である、と。


【イリジウムIr:虹の女神イーリス】
ギリシャ神話の虹の女神イーリスに由来。
イリジウム塩は虹のように様々な色を呈することから名付けられた。


【水銀(マーキュリー)Hg:商売の神メルクリウス】
ローマ神話の神メルクリウスに由来。
液体である水銀の自在性が、神の使いとして天地を自由に駆け巡ったメルクリウスを連想させたとか。


【トリウムTh:雷神トール】
北欧神話の雷神トールに由来。



天体の名≒神の名を持つ元素たち

元素名には天体の名前がつけられているものもあります。

天体の名は神の名に由来しているので、これも載せておきます。


【ヘリウムHe:太陽神ヘリオス(太陽)】
太陽はギリシャ語でヘリオスといい、そのままギリシャ神話の女神ヘリオスの名前になっています。
ヘリウムは太陽のスペクトルを解析している際に見つかった元素なので、太陽の名をつけられた。


【パラジウムPd:海神トリトンの娘パラス(小惑星パラス)】
パラジウムの発見年(1803年)の前年に見つかった小惑星パラスに由来。
パラスはギリシャ神話の海神トリトンの娘、すなわち海神ポセイドンの孫。


【セリウムCe:豊穣の女神ケレス(準惑星ケレス)】
セリウムが発見されたとき、ちょうど準惑星ケレスが見つかっていたことに由来。
ケレスはローマ神話に登場する豊穣神。


【ウランU:天空神ウラノス(天王星)】
ウランと同時期に発見された天王星に由来する。
ウラノスはギリシア神話で全宇宙を最初に統べた神々の王。


【ネプツニウムNp:海神ネプチューン(海王星)】
ネプチューンはローマ神話の海の神。


【プルトニウムPu:冥府の神プルート(冥王星)】
プルトニウムが発見されたとき、すでに隣のネプツニウムとさらに隣のウランには名前がついていた。
(アクチノイド:...Pa, U, Np, Pu, Am...の順)
ということで水金地火木土天海冥なので順番的に冥王星、ということ。



以上。

いかがでしたでしょうか。

イリジウムや水銀のように元素の性質から連想したものや、セレンやプルトニウムのように周期表的なシャレになっているもの、プロメチウムのように考えさせられるものまで様々。

元素名には他にも様々な由来を持つものがあります。

その元素の性質や発見エピソード等が込められているものも多く非常に面白いため、ぜひ色々調べてみてください!



参考
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