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一般向け/高校生向け楽しい化け学
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先日クリソタイルという鉱物を購入しました(¥500)。

これはアスベスト(石綿)の一種です。

ご存知の通りアスベストはその発がん性により厳しく規制されていますが、本当に綿のような見ためで、非常に興味深い結晶構造をしています。

今回はそんな不思議な天然鉱物であるクリソタイルについて、なぜ綿のような結晶になるのかを結晶構造をもとにご紹介いたします。



クリソタイルの性質


クリソタイル(Quebec, Canada産)
2015/04/26 筆者撮影


物質名: クリソタイル(Chrysotile)

化学式: Mg3Si2O5(OH)4

綿のような白色繊維状鉱物で、アスベスト石綿)の一種。

【アスベスト】
蛇紋石(クリソタイル)や角閃石(クロシドライト等)が繊維状に変形した天然の鉱石で繊維状ケイ酸塩鉱物の総称。
耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性が高く、かつては建材等に用いられたが、その針状微粒子を吸い込むと肺に刺さってガンを引き起こすことがわかり、製造・使用禁止に。

クリソタイルはもっともよく使われるアスベストで、アスベストのうち95%くらいがこの鉱物であるとか。

綿のような外見・手触りですが、無機物なので不燃性です。

耐熱性は極めて高く、脱水反応が起こる650℃くらいまでは平気みたいです。

クリソタイルはカナダで多く産出されます。



クリソタイルの結晶構造


クリソタイルの結晶構造
Si:肌色、Mg:黄緑、O:赤(Hは省略)。以下同じ。



a軸方向から見たクリソタイルの結晶構造



b軸方向から見たクリソタイルの結晶構造



c軸方向から見たクリソタイルの結晶構造


クリソタイルはSiO4四面体シリケート層と、MgO6八面体水酸化マグネシウム層が張り合わされたMg3Si2O5(OH)4層が、c軸方向に積み重なった層状結晶構造をしています。

模式図で表すと下図のような感じです。



クリソタイル結晶構造の模式図


このような層状構造がx軸(a軸)まわりにカールすることで繊維状の結晶となります(clinochrysotile/orthochrysotile)。

天然のクリソタイルは内径1-10 nm、外径10-50 nm程度の中空のチューブ状微結晶になっているそうです(下図)。



クリソタイルのフィブリル構造模式図


この細長い微結晶が平行に束なってマクロな繊維状結晶になるわけですね。



このように、クリソタイルの層状結晶構造が「石綿」の原理なわけです。

ミクロな視点から見てゆくと、マクロな鉱物の不思議が良く理解できますね。



参考
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先日数年ぶりに歯医者さんに行きました。

それで歯について考えていると、ふと思い出したのが子供のころに使っていた歯垢を可視化するための色水。

あれがどういう原理なのか調べてみたらこれがなかなか奥深い!

まさに私の専門、機能性色素のフィールド!

ということで今回は歯垢染色剤の化学についてご紹介します。



虫歯(う歯)とは

そもそも虫歯とは?

歯に堆積した食べかすである歯垢に含まれる糖質を、ミュータンス菌などが代謝して乳酸CH3CH(OH)COOHなどの酸を生成し、それがリン酸カルシウムの一種であるヒドロキシアパタイトCa5(PO4)3OHを主成分とする歯を溶かしてしまう病気。

例:ブドウ糖C6H12O6の代謝による乳酸の生成反応(嫌気的解糖




◎ ミュータンス菌は嫌気性(酸素を使わない)球菌。ブドウ糖は嫌気的に解糖されて2分子の乳酸になります。


例:乳酸による歯の溶解反応

Ca5(PO4)3OH + 10CH3CH(OH)COOH → 5[CH3CH(OH)COO]2Ca + 3H3PO4 + H2O

◎ ヒドロキシアパタイトは水に不溶ですが、乳酸カルシウム[CH3CH(OH)COO]2Caは水に可溶です。



歯垢染色剤

歯垢は歯の色とほとんど同じで見えにくい。

そこで色素を使って染めて見えやすくし、歯磨きにより綺麗に落とせたかどうかチェックできます。

有機色素は歯とは親和性が低く染色しませんが、有機物の塊である歯垢には吸着されて染色します。

例えば以下のようなキサンテン系色素トリフェニルメタン系色素等のタール色素が用いられます。



歯垢染色剤に用いられる有機色素。
エリスロシン(赤色3号)、フロキシン(赤色104号)、ローズベンガル(赤色105号)、ブリリアントブルーFCF(青色1号)。



また、新しい歯垢と古い歯垢とを別々の色で染色仕分けられるバイカラータイプの歯垢染色液もあります。

さっき食べたものが付着しているのか、それとも長期的に堆積してるのかわかるわけです。

古い歯垢は石灰化してスポンジ状になり、色素を吸着しやすくなる性質があります。

そこで例えばフロキシン(赤色)とFCF(青色)との混合溶液を用いると、吸着されやすいフロキシンは新しい歯垢にも古い歯垢にも吸着しますが、FCFは古い歯垢にのみ吸着されます。

すると新しい歯垢は赤色に、古い歯垢は赤紫色に染め分けられるようになるわけです。



バイカラータイプの歯垢染色剤の原理




高リスク歯垢に選択的な識別染色剤

さらに機能的な歯垢染色剤が考案されています。

歯垢の中でも特に重要な、う蝕原因菌が存在し初期う歯となっている部位を選択的に染色することができれば、効率的に衛生処理やフッ素処理などの処置が行えます。

そこで例えば下記のような機能性色素(の溶液系)が開発されています。


pH応答性色素

う触原因菌は代謝により乳酸を生産するので、それが存在する歯垢は酸性を示します。

そこでそのpHに応答して色が変化する色素を用いればう触原因菌の居場所がわかります。

色調変曲点がpH4~7にある色素が効果的だそうです。

酸によって、例えばコチニール色素カルミン酸)は赤紫から赤橙色へ、エノシアニン色素(マルビジン-3-グルコシド:アントシアニン系色素)は赤紫色から赤色へと変化します。



pH応答性天然色素:カルミン酸とマルビジン-3-グルコシド



酸化還元色素

う歯原因菌ももちろん、生物は酸化還元反応により代謝を行い生命活動を行っています。

そこで酸化還元反応により色が変化する色素を用いれば、う歯原因菌の存在するところで色素が代謝されて発色するので可視化されます。

例えばほぼ無色(黄色)のテトラゾリウム塩である臭化3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウム(MTT)は、生細胞の還元酵素による反応で還元開環し、紫色のホルマザン色素に変化します。



他にもレサズリン色素(青色→青紫色)等も用いられています。


代謝物と反応する色素

前述のようにう触原因菌は代謝により乳酸を生じるので、乳酸をセンシングして発色すればその存在を認知できます。

例えば乳酸デヒドロゲナーゼと還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドNADH)、電子移動剤、そして同様に先のMTT等のテトラゾリウム塩を反応させる例があります。



以上、ハミガキグッズひとつ取ってもたくさんの色素が働いていることがわかりました。

特に選択性の高い機能性色素の作用メカニズムは非常に面白いですね。

この機会にぜひ原材料表示などを読んで身の回りのものに使われている色素を見つけ、どんなお仕事をしているか調べてみてください。

機能性色素は実に働き者なことがわかりますよ!



参考




玉滴石(Hyalite):SiO2・nH2O

シリカSiO2が部分的に加水分解された含水シリカ(SiO3OHユニットが入っている)で、オパールと同じ組成。

無色透明な非晶質(ガラス質)の鉱物である。

まさに水滴の玉が固まったような形状をしている。

不純物としてウランを含むことが多く、短波長の紫外線を照射するとウラン由来の緑色発光が得られるものがあるとのこと。

以前私がある石屋さんで300円で購入した玉滴石(Pocitos de Quichaura, Chubut. Argentina産)は254 nmのブラックライトで光ってくれました!




玉滴石(Pocitos de Quichaura, Chubut. Argentina産)
(左)常光下、(右)254 nm光照射下


また、ラボの分光光度計で測定した天から降ってきた発光スペクトルはこんなのでした。



玉滴石の発光スペクトル(励起波長:250 nm)


振動構造を有し、506 nm、527 nm、542 nmの緑色領域に発光極大を示すスペクトル。

0-1バンドが強いのが特徴的。

発光が緑色であることに加え、発光波長と振動構造が硝酸ウラニル(VI)UO2(NO3)2の文献値[2]と似ているので、この玉滴石の発光はウラニルイオンUO22+由来じゃないかなと考えています。

LMCT遷移に基づくウラニルイオンの美しい緑色りん光は、ウランガラスで良く知られています。
『ウランガラスの発光過程』参照。

ちなみに二酸化ウランUO2やウラン酸塩MxUnO3n+1等ウラニルイオン種ではない酸化ウラン類は非発光性だそうです。


いやぁ自分の所有物にウランが入ってたってのはテンション上がりますね!!



参考

[1] S.M. Chemtob et al, AMERICAN MINERALOGIST, 97 (2012) 203-211.
[2] M.E.D.G. Azenha et al, J. Lumin., 48 & 49 (1991) 522-526.




フラーレンC60 ――

このサッカーボール型の分子は、比較的最近;1985年に発見されました。

Kroto、Smalley、Curlらによって真空中でグライファイトにレーザーを照射して分解・蒸発させることで人工的に合成されたのです。

その後様々な合成方法が考案され、現在は燃焼法という方法で工業的に生産されています。


「こんな特殊な分子、もちろん身の回りには存在しないよね。」

いやいや!実は我々の身の回りにもあるのです!

それもなんと誰しもが使ったことのある、習字で使う墨の中に・・・!!!!


今回は「墨の中にフラーレンがあるのを見つけた!」という大澤映二らによる論文;「Fullerenes in chinese Ink. A Correction」[1]をご紹介します。

ちなみにこの論文の著者である大澤先生は、Krotoらによってフラーレンが発見される前にその存在を予言していた日本人化学者です。

他にも、自然の炭素質鉱物中にフラーレンが存在することについても研究されていたりします。



墨の中のフラーレン;墨のHPLC分析

さて如何に墨の中でフラーレンを見つけたか。

なんと著者らは墨をトルエンで抽出してHPLC※1にかけちゃったんです。

その結果が図1。


図1. 「明萬歴」墨のHPLC分析結果(ODSカラム)。
論文掲載図を元に作製。

まず最初に多環芳香族炭化水素(PAH)※2のピークがドーーーーンと出てきます。

そして少し遅れて保持時間12分頃にフラーレンC60のピョコっとピークが現れます。

なんとHPLCで見えるくらい墨の中にたくさん入ってるんです。


ちなみにこの図1の墨は「明萬歴」と名付けられた中国の墨で、製造年は1572-1620年頃のものだそうです。

北京のアンティークショップで買ったそうです(笑)

分析結果より、この「明萬歴」でC60の含有率は0.009 ppm。

墨は有機物を不完全燃焼して生じる"すす"を集めて固めたものですが、その燃焼過程でフラーレンが生じるんでしょうかねぇ。


著者らは他にも色々な墨を調べているんですが、例えば現代日本(1992年製造)の「霊華」という墨がすごい!!

C60フラーレンの含有率が0.078 ppmとかなりの量で、しかもなんとレアなC70フラーレンも0.030 ppm含まれているという!!


皆さんも書道の時間に気付かぬうちにフラーレン分散液を作ってるかも知れませんね!(笑)



用語解説

※1. 高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography:HPLC)
クロマトグラフィーの一種で、ポンプを使って高圧の移動相をカラムに通す。
カラム中には固定相(今回は疎水性のODS:オクタデシルシリル基修飾シリカゲル)がある。
混合物中の各物質と固定相との相互作用の大きさの差を利用して分離・検出する機器分析法。

※2. 多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon:PAH)
ベンゼン環がたくさん縮環した化合物群。
墨は有機物を不完全燃焼したときに生じる炭素質物質の"すす"を固めたものであるが、その"すす"の主成分はPAHであると考えられている。



参考
[1] Fullerenes in chinese Ink. A Correction, 大澤映二ら著, Fullerene Science and Technology, 2007, 5:1, 177-194


先日、私の専門である有機金属化合物を紹介する@vorgmetというTwitterのbotを作りました。

◎ 有機金属化合物;炭素-金属結合のある化合物。

有機金属化合物はとても不思議で美しい構造をしているので、ここでも紹介していこうと思います。



今日の分子No. 83:ツァイゼの陰イオン [PtCl3(CH2=CH2)]-

Mercuryで描画


IUPAC正式名称:トリクロロ(エテン)白金(II)酸イオン。

平面四配位型の白金(II)錯体。

Pt2+イオンにCl-イオン3つとエチレンCH2=CH2配位しています。

よって一価の陰イオンになっており、実際はカリウムイオン等を対イオンとして持っている。

カリウム塩は空気に対して安定な黄色の固体。

世界で最初に見つかった有機金属化合物で、発見者のウィリアム-クリストファー-ツァイゼの名からその名を付けられています。

カリウム塩は、塩化スズ触媒下テトラクロロ白金酸(II)カリウムK2[PtCl4]とエチレンから合成されます。

K2[PtCl4] + CH2=CH2 → K[PtCl3(CH2=CH2)] + KCl


その構造を見てまず思うことは

「白金が結合と結合してる!」

でしょう。

その通り、結合と結合しているのです。

この常識破りの構造の謎を解き明かしていきましょう。

ご存じの通り、エチレンはC-C間に二重結合を持つ化合物です。

一本目の結合(σ結合)はC-C間にガッチリ存在していますが、二本目の結合(π結合)はエチレン平面の上下に「ホワっと」存在しています。



エチレンのσ軌道とπ軌道


この「ホワっと」存在するπ軌道の電子(π電子)がPtの空のd軌道に配位してきます。

受け入れがたいかもしれませんが、実はそんなに変なことでもないです。

例えばアンモニアNH3がPtに配位するとき、窒素の非共有電子対を使ってPtの空のd軌道に配位してきます。

「アンモニアの非共有電子対」が「エチレンのπ電子対」に変わっただけです。



エチレン→Pt配位結合とアンモニア→Pt配位結合


このようにπ電子が金属に配位することを「π配位」といい、そうして形成される錯体を「π錯体」と言います。


実はちょっと難しいですが、このような弱そうな結合を持つπ錯体が安定に存在できる理由として「逆供与」というもう1つの結合があります。

例えばこのツァイゼイオンでは、

・ エチレンの結合性π軌道(電子で満たされている)からPtの空のd軌道への電子の流れこみ:「供与」(上で述べた結合)

・ Ptの満たされたd軌道(非共有電子対)からエチレンの非結合性π軌道(電子が入っていない)への電子の流れこみ:「逆供与」

の二重の結合で安定化されています。


このようなπ錯体はπ配位子が比較的外れやすいことから配位子交換反応で別の有機金属錯体の原料となったりします。

また、触媒サイクルの反応中間体としても生じていたり、工業的にも非常に重要です。
(例:『ヘキスト-ワッカー法の機構~水俣病と触媒の進化~』


以上のように、有機金属化合物はとても不思議で面白い物質群です。

興味のある方はぜひ研究してみてください!



参考
『有機金属化学』, 植村 榮ら著, 丸善 (2009/12)
 ↑ 読みやすくて良い本ですが誤植や図のミスが多いのが玉に瑕。
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