一般向け/高校生向け楽しい化け学
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14日、15日にセンター試験がありました。
イオン化エネルギーの問題は毎年出ますね。
今年は正誤問題にチラッと出てました。
「第一イオン化エネルギーの正しいグラフを選べ」なんていう問題も定番ですが、グラフの細かい形まで気にしている受験生は少ないかもしれません。
今回のテーマはズバリ「イオン化エネルギーのグラフにデコボコがあるのは何故か?」です。
◎ 第一イオン化エネルギー(横軸;原子番号)
※ 数値は『Visual Chemistry Pro HD』より
第一イオン化エネルギーとは気体状原子から電子一つを取り除くのに必要なエネルギーのこと。
原子番号に対して第一イオン化エネルギー(Ip)は次のような一般的挙動を示す;
(1) 同周期では原子番号が大きくなるとIpは増加する;1族で最小、希ガスで最大を繰り返す。
(2) 周期を経るごとにIpは減少して行く。
以上の二つを知っていれば普通は十分で、グラフの大体の形(1族で最小、希ガスで最大の減衰振動型)がわかりますが、しかしよく見ると引っかかる部分がありますよね;
(3) 2族原子(Be、Mg)がやたらと大きくて13族原子(B、Al)と逆転している。
(4) 15族原子 (N、P)もやたらと大きくて16族原子(O、S)と逆転している。
この(3)、(4)のせいで、(1)の予想に反して第一イオン化エネルギーのグラフはデコボコしています。
第一イオン化エネルギーのグラフは2族と15族の部分でデコボコしている!
まず簡単に(1)と(2)のおさらいをしてから(3)、(4)の謎に迫りましょう。
○ 一般的傾向(1)、(2)の理由
最外殻の電子配置を考えます。
ヘリウムを除く希ガス原子は最外殻に8個の電子を持ち、オクテッド則を満たすので安定です。
ヘリウムは2つしかありませんがK殻にはそもそも2つしか電子が入らないので安定な閉殻構造になっています。
ゆえに18族ではイオン化エネルギーは大きくなります。
「閉殻ならばイオン化エネルギーが大きい」と言えます。
一方1族原子は最外殻電子が1個ですが、これが取れると希ガス配置になって安定です。
ゆえに1族原子はイオン化エネルギーが小さいです。
では1族と18族の間はどうなっているかというと、周期表で右に行くにつれ原子が小さくなっていく且つ核電荷が大きくなっていくので、電子が核に引きつけられる力が大きくなるのでイオン化エネルギーは大きくなっていきます。
以上が(1)の理由です。
一方周期が大きくなると、原子が大きくなって核から最外殻電子までの距離が遠くなります。
すると核と最外殻電子の間に働くクーロン引力が小さくなるのでイオン化エネルギーは小さくなります。
これが(2)の理由です。
以上の二つは高校化学で習ます。
○ デコボコの原因(3)、(4)の理由
では本題に入ります。
まず前提として、実は「電子殻」(K, M, L...)の中にはさらに「軌道」(s, p, d...)と呼ばれるものがあります。
例えば第二周期の原子の最外殻はL殻ですが、このL殻は1つの「s軌道」と3つの「p軌道」という"電子の居場所"があります。
軌道1つには2つの電子がペアになって入るので、最高でs軌道に2つ、p軌道に2×3=6つ、合計8つ入ります。(⇔L殻には最高8つの電子が入る!)
入り方にはルールがあって、(i)s軌道から入る、(ii)p軌道にはできるだけ分散して入る、等がありますがここでは細かくは省略します。
例えば具体例で、6個の電子を持つ酸素原子の最外殻(L殻)の電子配置は次のようになっています。
酸素原子の最外殻(L殻)の電子配置;1つのs軌道と3つのp軌道
横棒は軌道(電子の居場所)、赤丸は電子を表します。
酸素原子には6個の最外殻電子があるので、ルール(a)、(b)に従って上図のようにs軌道に2つ、p軌道に4つ電子が配置します。
・ (3)の理由
では、ここで問題のBe原子の最外殻(L殻)の電子配置を見てみましょう。
Be原子の最外殻(L殻)の電子配置;軌道閉殻
Be原子には2つの最外殻電子があるので、上図のようにs軌道に2つ入って満タンになっているはずです。
この構造、「殻が満たされて安定」という希ガスの閉殻構造に少し似ていますね。
殻の中にある軌道も、その軌道がピッタリ満たされれば安定になります。
このように軌道がピッタリ満たされることを「軌道閉殻」と言います。
ゆえに軌道閉殻をしているBe原子は安定になります。
同様の理由で、最外殻に2つの電子を持つMg等の2族原子は軌道閉殻構造をしているため予想よりも安定になるのです。
・ (4)の理由
次にこれも問題のN原子の最外殻(L殻)の電子配置を見てみましょう。
N原子の最外殻(L殻)の電子配置;半閉殻
N原子には5つの最外殻電子があるので、上図のようにs軌道は2つ入って満タンになり(軌道閉殻)、p軌道には3つに1つずつ入ります。
ここで注目すべきはp軌道の電子配置です。
3つのp軌道それぞれに1つずつ電子が入っています。
実は電子からするとこれも対称性が良くて安定な構造なのです。
このように「軌道に1つずつ電子が入って”半分だけ閉殻”みたいな電子配置」になることを「半閉殻」と言います。
ゆえに半閉殻をしているN原子は安定になります。
同様の理由で、最外殻に5つの電子を持つP等の15族原子は半閉殻構造をしているため予想よりも安定になるのです。
以上が第一イオン化エネルギーのグラフのデコボコの理由です。
「"殻"はさらに"軌道"にわかれている」ということがポイントです。
ちなみにもう少し上の考え方で考えてみると、例えばヘリウムとネオンは下図のような電子配置をしています。
Ne、He原子の最外殻の電子配置;閉殻
ヘリウムはs軌道しか持っていないため、s軌道閉殻で閉殻構造。
ネオンはs軌道とp軌道を持っているが、どちらも軌道閉殻していて閉殻構造になっています。
このように「全部軌道閉殻になっている」状態をいわゆる「閉殻」と言ってとても安定なわけです。
※ ・・・というと色々問題があるのだが、ここでは閉殻の詳しい定義は省略する。
これらをまとめると、下図のように「軌道閉殻」「半閉殻」「閉殻」が安定な電子配置となるわけです。
安定な電子配置;「軌道閉殻」「半閉殻」「閉殻」
これらが第一イオン化エネルギーのグラフの形を決める要因です。
ちなみに遷移金属になると"d軌道"という軌道を持つため、さらにデコボコが増えます。
しかしだいたい同じように考えることができます。
「軌道」は高校では習いませんが、これ以外にも有機化学などで役立つこともあるので知っておくと便利かもしれません。
◎ 参考
- 『リー無機化学』, J.D.LEE著, 東京化学同人 (1982/01)
- 『Visual Chemistry Pro HD』, (C)voi nguyen(2011/06/24)
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さて、前回『P4分子の構造』という記事を書きましたが、それに続いて白リンについての記事を書きます。
美しいバラには棘がある、美しい白リン分子には毒がある。
リンの同素体は未解決。
さて、白リンとはどんな物質でしょうか。
今日の分子 No.75 白リン P4
分子式P4を持つリンPの同素体の一つ。
正四面体の各頂点にP原子が配置している化学構造を持つ。
白リンの融点は44.1℃と非常に低温である。
これはまさに白リンが分子結晶を作ることによる。
※ 結晶の融点は融点は一般に 共有結合結晶>イオン結晶>金属結晶>分子結晶 の順になる。
(各結晶の構成要素(原子orイオンor分子)同士の結合の強さによる差から生ずる。)
ベンゼンC6H6や二硫化炭素CS2等に溶け、水に不溶な無色~白色の固体。
暗所では青白色の「燐光」が観測でき、これが今日の化学用語「リン光」の語源にもなっている。
ニラのような匂いがすると言う。
一方分子の美しさとは裏腹に、反応性が高くかなり危険な猛毒物質である。
皮膚に触れると火傷を負い、また皮膚から吸収され中毒を起こし、服用すると数時間ののちに死亡(経口致死量0.1g)するという。
また自然発火性があり、たった50℃に発火点を持つ。
酸化されやすいため、空気中で酸化されて熱を持ち発火点50℃に達すると自然発火するのである。
一旦発火し燃焼すると、融点が低いため融解し液状となり火面を広げ被害を拡大する恐れがある。
以上のようにとても危険なため第三類危険物(自然発火性物質)で危険等級Ⅰ(←最も危険な部類)に指定され規制対象である。
一方水とは反応しないので水中に沈めることで安全に保存できる。
ただし、保護液(水)の酸性化を防ぐために消石灰を溶かしておくのだが、塩基性が高くなりすぎると次は下記の反応が起こり可燃性で自然発火性かつ猛毒なホスフィンPH3ガスを発生する。
P4 + 3OH- + 3H2O → PH3 + 3H2PO3-
このように、美しい分子構造とは裏腹にかなり危険な性質を持っている物質である。
白リンの形態での用途は少ないが、その発火性・反応性・毒性ゆえに軍事用の焼夷弾(白リン弾)や発煙剤、殺猟剤に使われる。
大部分はリン酸や赤リンなどの原料として使われる。
白リンはその名の通り、白色のロウ状の固体という外見を持ったリンである。
淡黄色の固体である「黄リン」と呼ばれる物質を精製すると得られる。
「白リン = 黄リン」や「黄リンはリンの同素体」という記述がよくなされるが、正確には誤り。
正確には黄リンは、表面に赤リンが含まれることで黄色みがかった白リンであり、同素体(純物質)ではなく混合物であるという。
黄リンに対して、赤リンはP原子が複雑に配置した物質で、空気中で安定で無毒であり発火点も約260℃と高く、反応性が低い。
赤リンは黄リンを約400℃で加熱することで生じる赤褐色の粉末である。
赤リンは紫リンと白リンとの固溶体とも考えられている。
また黒リンという同素体は化学的に安定で、なんと金属光沢のある電気の良導体である。
取扱いは容易であるが高温、高圧下で合成しなければならない。
他にもリンは様々な同素体が知られているが、よくわかっていないことも多い。
下にリンの同素体をいくつか示す。
同素体 | 備考 |
---|---|
α-白リン | P4構造 |
β-白リン | -76.9℃ 以下α→β転移 |
赤リンI | α-P4→Ⅰ 230~350℃ |
赤リンII | Ⅰ→Ⅱ 460℃ |
赤リンIII | Ⅱ→Ⅲ 520℃ |
赤リンIV | Ⅰ→Ⅳ 490~525℃ |
赤リンV | Ⅰ→Ⅴ 575℃ |
赤リンVI | α-P4→ 300℃(800MPa) |
灰色リン | >400℃(封管) |
黒リン | 斜方;>1300MPa>220℃ 無定形;>550℃ 黒リン→赤リン転移 |
○ 白リンP4が関係する化学反応
・ 白リンの工業的製法
リン鉱石Ca10(PO4)6F2、珪砂SiO2(フラックス)、コークスC(還元剤)を混合し電気炉内で反応させる。
2Ca10(PO4)6F2 + 18SiO2 + 30C → 3P4 + 18CaSiO3・1/9CaF2 + 30CO
・ 赤リンの工業的製法
白リンを約400℃で数時間加熱すると赤リンが生成する。
P4(白リン) → 4P(赤リン)
・ ホスフィンの工業的製法
白リンを水酸化ナトリウム存在下水と分解する。
P4 + 3NaOH + 3H2O → PH3 + 3NaH2PO3
・ 白リンの燃焼
白リンは空気中で燃焼し十酸化四リン(五酸化二リン、無水リン酸とも)P4O10(『今日の分子No.30 :十酸化四リン』参照)を生成する。
P4 + 5O2 → P4O10
☆ また、リン酸の工業的製法(乾式法)はこうして作った十酸化四リンを水や希リン酸で水和する。
P4O10 + 6H2O → 4H3PO4
>> Σ様への拍手レス
◎ 参考
- 『化学便覧 応用化学編 第6版』, 日本化学会編, 丸善(2003/01)
- 『化学便覧 応用化学編 第5版』, 日本化学会編, 丸善 (1995/3/15)
- 『実験化学講座 第5版』, 日本化学会編, 丸善 (2007/1/31)
- 『新実験化学講座 [8]無機化合物の合成』, 日本化学会編, 丸善 (1977/06)
- 『チャレンジライセンス乙種1・2・3・5・6類危険物取扱者テキスト』, 工業資格教育研究会 (著) ,実教出版(2005/10)
明けましておめでとうございます。
年始早々から忙しかったので久々の更新です。
さて、昨日アルバイト先の塾の生徒さんが「リンP4は融点が低い」という表現で悩んでいました。
普通、高校の教科書にはリンの化学式が載っていません。
一口に「リンP」と言っても、実は様々な同素体があります。
代表的なのは赤リンPと黄リンPです。
・・・っと高校の教科書に載っているが、実は黄リンは同素体ではなく「白リン」をベースに赤リンがちょっと混ざったような混合物らしいです。
赤リンはPが何原子か結合した化学式Pn、白リンはP原子が4つ結合した化学式P4という分子です。
恐らく、高校の教科書では「リンは赤リンと黄リン」と丸く収めたいのに、実は黄リンが混合物っぽいとか言う理由から「黄リンは化学式P4」とは言えないためややこしいので「リンは組成式P」と簡単に書いているのだと思います。
そのためか教科書でリンのページは薄っぺらいし、P4分子の存在が載っていません。
赤リンは化学式Pnの高分子的な固体なので融点は高い(600℃)。
一方黄リンは上記のようにほぼ白リンP4なので、分子結晶です。
だから黄リン(白リン)は融点が低く、なんとたった44℃。
・・・というように、リンの同素体には化学式P4というまさしく分子の形態を持つ物質があるわけです。
さて、では気になってくるのはP4分子の形です。
あまりなじみのない元素、なじみのない化学式ですからぱっと聞いただけでは構造もよくわかりませんね。
「P-P-P-P」みたいな直線か、あるいは枝分かれか、もしかしたら環状構造を取っているのか・・・・
なんと、実は下図のように正四面体の各頂点にP原子が配置した化学構造を取るらしいです。
P4分子の構造。WinMOPACで計算・描画
そうすると、Pの原子価は3ですが、全てのP原子がその手の数を満足できるというわけです。
四面体構造を取ると手の数は合いますが、本当に「正」四面体なのかなぁと思いました。
で、先ほどWinMOPAC(分子軌道計算ソフト)で計算してみたのですが、
○ 計算結果
・ 全ての∠P-P-P = 60.00°
・ 全てのP-P結合長さ = 2.197Å
というまぎれもなくP4分子が正四面体であるという結果が得られました。
その計算で得られた正四面体構造がまさしく上の図です。
本当に美しい正四面体だったので感動してしまいました。
しかし、美しいバラにはトゲがあると言いますが、美しい分子構造を持つ黄リン(白リン)は猛毒で、触るとひどい火傷を負い、飲むとまず死にます。
しかも自然発火性まであります。
黄リンの物性については次回の記事に書くことにします。
→ 次回;『今日の分子No.75 :白リン』
いや~しかし、やはり分子軌道計算は強いですねぇ。
カチカチカチっと数回クリックするだけで簡単にパソコン上で計算できてしまうコンピュータ化学の進歩にも感動です。
◎ 参考
- 『リー無機化学』, リー (著), 浜口 博 (翻訳), 菅野 等 (翻訳), 東京化学同人 (1982/01)
- 『チャレンジライセンス乙種1・2・3・5・6類危険物取扱者テキスト』, 工業資格教育研究会 (著) ,実教出版(2005/10)
- 有機化学美術館『分子の多面体』
後4時間で今年2011年が終わります。
少し今年を振り返ってみましょう。
2011年は何といっても東日本大震災でした。
これに伴った原発事故で原子力・放射線・放射性物質が大きく取り上げられた一年でした。
当サイトでも少し放射線や水素爆発の原因について書きましたが、筆者は化け学専門であって核物理は得意でないのであまり深く言及することはできませんでした。
あと筆者が今年特に印象に残ったのは、「オウム真理教裁判実質終結」でした。
地下鉄サリン事件は戦後日本で起こった最悪の化学テロです。
サリン(Jmolで描画)
サリンについては記事;
『今日の分子 No.72 :サリン』
にその性質・歴史を書きました。
筆者の化学物質への考えも少し書きました。
ぜひ化学とは、化学の技術とは何かということ考えていただきたい。
また、実はサリンや有機リン系の農薬はほとんど同じ構造です。
そして具体的なそれらの殺人・殺虫機構について
『農薬の殺虫機構とサリン』
サリンのアセチルコリンエステラーゼ阻害機構
という記事を書きました。
サリンは人間に対して猛毒ですが、農薬は虫だけに猛毒です。
どのようにして農薬が人間と虫とを「殺し分けて」いるかについても書いています。
これが化学の応用的技術なのだなぁと思うところです。
あと個人的な所で言うと、実験室での危険性を再認識しました。
塩酸蒸気をモロに吸いこんでしまったのです。
それと、ケータイ電話は実験室で出さないようにしましょう。
廃液タンクにホールインワンしますよ・・・・・
『ケータイが廃液タンクにホールインワン!!』
ケータイ in 廃液
2011/12/22 筆者撮影
今年は当サイトに対して様々な人からたくさん声援を頂きました。
「とてもわかりやすかったです!」
と書きこんでくれた方。
「超わかりやすいサイトを紹介します。」
と、某知恵袋サイトで当サイトを紹介してくれた方もいました。
Twitterを始めるとたくさんの化学好きの方がフォローしてくださいました。
あと、筆者が高校生時代からリスペクトしていて、このサイトでよく参考にしている『パソコンで見る動く分子辞典』の著者の本間善夫先生が当サイトの記事をご覧になられたり、twitterで記事を宣伝して頂いたりするというとても有難いこともありました。
改めてお礼申し上げます。
来年もこのサイトを通じて化学教育を(というと大げさかもしれないが)発信していきたいと思います。
今年は有難う御座いました。
来年も当サイトを宜しくお願い致します。
良いお年を!
世の中には、普通では考えられないような面白い化合物があります。
例えば、今回紹介する物質はナトリウム陰イオンNa-が含まれます。
「Naは陽性な金属原子だから負電荷を持つなどあり得ない!」
なんて固定観念に囚われてはいけません。
最近(30年ほど前から)、Na-やK-等、アルカリ金属の陰イオン「アルカリドイオン」が安定に存在できることが報告されています。
驚きの事実ですね。
これらは、量子化学的に考えると、1族元素はs軌道に1つの電子を持つためもう1電子受け入れるとs軌道が閉殻的な構造になるので割かし安定なのだろう、と予想できます。
もちろん、普通の構造の化合物中でNa-イオンは安定に存在できません。
なぜならNa-はとても強い還元作用を持つため、対になる陽イオンにすぐ電子を渡してしまうからです。
だから分子にこんな工夫をします。
とりあえず具体的に構造を見てみましょう。
[Na(2,2,2-crypt)]+Na-の結晶中での構造(水素省略)
橙色:Na+ 金色:Na-
黒色:C 青色:N 赤色:O
※ 炭素に結合している水素は省略。
※ 図にはNa-イオンが6個あるが、これは結晶中で[Na(2,2,2-crypt)]+に最近接しているNa-イオンであり、この隣にも[Na(2,2,2-crypt)]+イオンが並ぶので1/6 Na-が6個ある(=正味1個分)ということになる。
組成式: Na2C18H36N2O6 (化学量論的)
示成式: [Na+(C18H36N2O6)]Na-
Na+に有機化合物C18H36N2O6(2,2,2-クリプタンド;2,2,2-cryptと略す)が配位した電荷1+の錯イオンに、対イオンとしてNa-がくっついた塩。
なんと物質中にNa+とNa-が共存している。
溶液状態では深い青色、固体では金色であるという。
金属ナトリウムに2,2,2-クリプタンドを反応させることで得られる。
ここでは細かくは説明しないが、クリプタンドとはカゴ状の配位子であり、カゴの中に金属イオンを包み込み安定な錯体を作ることができる。
分子中の2つのN原子と6つのO原子の非共有電子対が8方向から金属イオンに配位するのだ。
2,2,2-クリプタンドC18H36N2O6の構造
2,2,2-クリプタンドとNa+の錯体;[Na(2,2,2-crypt)]+の構造
一番上の図を見ると一目瞭然、Na+は2,2,2-クリプタンドに完全に包み込まれてしまっていてNa-と面していない。
したがって
Na+ + Na- → 2Na (metal)
等の反応でNa-が電子を失って潰れてしまうことはない。
このようにNa+とNa-をクリプタンドで隔離し安定化することでこのような"異常な"化合物を安定に存在させているのだ。
世の中には驚きの物質が存在するものである。
「Na-なんて存在不可能!」なんて固定観念に囚われてはいけない。
技術を巧みに使えば色々なことができるもので、この例のように適切な分子設計によりNa-を安定に存在させることに成功したわけである。
化学の世界は広い。
◎ 参考
- Frederick J. Tehan, B. L. Barnett, and James L. Dye "Alkali Anions. Preparation and Crystal Structure of a Compound Which Contains the Cryptated Sodium Cation and the Sodium Anion" J. Am. Chem. Soc. / 96.23 / November 13, 1974
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