一般向け/高校生向け楽しい化け学
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先日数年ぶりに歯医者さんに行きました。
それで歯について考えていると、ふと思い出したのが子供のころに使っていた歯垢を可視化するための色水。
あれがどういう原理なのか調べてみたらこれがなかなか奥深い!
まさに私の専門、機能性色素のフィールド!
ということで今回は歯垢染色剤の化学についてご紹介します。
虫歯(う歯)とは
そもそも虫歯とは?
歯に堆積した食べかすである歯垢に含まれる糖質を、ミュータンス菌などが代謝して乳酸CH3CH(OH)COOHなどの酸を生成し、それがリン酸カルシウムの一種であるヒドロキシアパタイトCa5(PO4)3OHを主成分とする歯を溶かしてしまう病気。
例:ブドウ糖C6H12O6の代謝による乳酸の生成反応(嫌気的解糖)
◎ ミュータンス菌は嫌気性(酸素を使わない)球菌。ブドウ糖は嫌気的に解糖されて2分子の乳酸になります。
例:乳酸による歯の溶解反応
Ca5(PO4)3OH + 10CH3CH(OH)COOH → 5[CH3CH(OH)COO]2Ca + 3H3PO4 + H2O
◎ ヒドロキシアパタイトは水に不溶ですが、乳酸カルシウム[CH3CH(OH)COO]2Caは水に可溶です。
歯垢染色剤
歯垢は歯の色とほとんど同じで見えにくい。
そこで色素を使って染めて見えやすくし、歯磨きにより綺麗に落とせたかどうかチェックできます。
有機色素は歯とは親和性が低く染色しませんが、有機物の塊である歯垢には吸着されて染色します。
例えば以下のようなキサンテン系色素やトリフェニルメタン系色素等のタール色素が用いられます。
歯垢染色剤に用いられる有機色素。
エリスロシン(赤色3号)、フロキシン(赤色104号)、ローズベンガル(赤色105号)、ブリリアントブルーFCF(青色1号)。
また、新しい歯垢と古い歯垢とを別々の色で染色仕分けられるバイカラータイプの歯垢染色液もあります。
さっき食べたものが付着しているのか、それとも長期的に堆積してるのかわかるわけです。
古い歯垢は石灰化してスポンジ状になり、色素を吸着しやすくなる性質があります。
そこで例えばフロキシン(赤色)とFCF(青色)との混合溶液を用いると、吸着されやすいフロキシンは新しい歯垢にも古い歯垢にも吸着しますが、FCFは古い歯垢にのみ吸着されます。
すると新しい歯垢は赤色に、古い歯垢は赤紫色に染め分けられるようになるわけです。
バイカラータイプの歯垢染色剤の原理
高リスク歯垢に選択的な識別染色剤
さらに機能的な歯垢染色剤が考案されています。
歯垢の中でも特に重要な、う蝕原因菌が存在し初期う歯となっている部位を選択的に染色することができれば、効率的に衛生処理やフッ素処理などの処置が行えます。
そこで例えば下記のような機能性色素(の溶液系)が開発されています。
・ pH応答性色素
う触原因菌は代謝により乳酸を生産するので、それが存在する歯垢は酸性を示します。
そこでそのpHに応答して色が変化する色素を用いればう触原因菌の居場所がわかります。
色調変曲点がpH4~7にある色素が効果的だそうです。
酸によって、例えばコチニール色素(カルミン酸)は赤紫から赤橙色へ、エノシアニン色素(マルビジン-3-グルコシド:アントシアニン系色素)は赤紫色から赤色へと変化します。
pH応答性天然色素:カルミン酸とマルビジン-3-グルコシド
・ 酸化還元色素
う歯原因菌ももちろん、生物は酸化還元反応により代謝を行い生命活動を行っています。
そこで酸化還元反応により色が変化する色素を用いれば、う歯原因菌の存在するところで色素が代謝されて発色するので可視化されます。
例えばほぼ無色(黄色)のテトラゾリウム塩である臭化3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウム(MTT)は、生細胞の還元酵素による反応で還元開環し、紫色のホルマザン色素に変化します。
他にもレサズリン色素(青色→青紫色)等も用いられています。
・ 代謝物と反応する色素
前述のようにう触原因菌は代謝により乳酸を生じるので、乳酸をセンシングして発色すればその存在を認知できます。
例えば乳酸デヒドロゲナーゼと還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、電子移動剤、そして同様に先のMTT等のテトラゾリウム塩を反応させる例があります。
以上、ハミガキグッズひとつ取ってもたくさんの色素が働いていることがわかりました。
特に選択性の高い機能性色素の作用メカニズムは非常に面白いですね。
この機会にぜひ原材料表示などを読んで身の回りのものに使われている色素を見つけ、どんなお仕事をしているか調べてみてください。
機能性色素は実に働き者なことがわかりますよ!
参考
- 特許庁総務部企画調査課技術動向班-歯垢染色剤
- ヨシダプラークサーチHP
- 『学校歯科保険関係Q&A(1) 歯垢染色剤について』
- 特開2002-348224「ホワイトスポット検出用歯垢染色剤」佐野浩史ら(ライオン株式会社)
- 特開2010-202583「歯垢の染色剤」宇梶文緒(株式会社トクヤマデンタル)
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フラーレンC60 ――
このサッカーボール型の分子は、比較的最近;1985年に発見されました。
Kroto、Smalley、Curlらによって真空中でグライファイトにレーザーを照射して分解・蒸発させることで人工的に合成されたのです。
その後様々な合成方法が考案され、現在は燃焼法という方法で工業的に生産されています。
「こんな特殊な分子、もちろん身の回りには存在しないよね。」
いやいや!実は我々の身の回りにもあるのです!
それもなんと誰しもが使ったことのある、習字で使う墨の中に・・・!!!!
今回は「墨の中にフラーレンがあるのを見つけた!」という大澤映二らによる論文;「Fullerenes in chinese Ink. A Correction」[1]をご紹介します。
ちなみにこの論文の著者である大澤先生は、Krotoらによってフラーレンが発見される前にその存在を予言していた日本人化学者です。
他にも、自然の炭素質鉱物中にフラーレンが存在することについても研究されていたりします。
墨の中のフラーレン;墨のHPLC分析
さて如何に墨の中でフラーレンを見つけたか。
なんと著者らは墨をトルエンで抽出してHPLC※1にかけちゃったんです。
その結果が図1。
図1. 「明萬歴」墨のHPLC分析結果(ODSカラム)。
論文掲載図を元に作製。
まず最初に多環芳香族炭化水素(PAH)※2のピークがドーーーーンと出てきます。
そして少し遅れて保持時間12分頃にフラーレンC60のピョコっとピークが現れます。
なんとHPLCで見えるくらい墨の中にたくさん入ってるんです。
ちなみにこの図1の墨は「明萬歴」と名付けられた中国の墨で、製造年は1572-1620年頃のものだそうです。
北京のアンティークショップで買ったそうです(笑)
分析結果より、この「明萬歴」でC60の含有率は0.009 ppm。
墨は有機物を不完全燃焼して生じる"すす"を集めて固めたものですが、その燃焼過程でフラーレンが生じるんでしょうかねぇ。
著者らは他にも色々な墨を調べているんですが、例えば現代日本(1992年製造)の「霊華」という墨がすごい!!
C60フラーレンの含有率が0.078 ppmとかなりの量で、しかもなんとレアなC70フラーレンも0.030 ppm含まれているという!!
皆さんも書道の時間に気付かぬうちにフラーレン分散液を作ってるかも知れませんね!(笑)
用語解説
※1. 高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography:HPLC)
クロマトグラフィーの一種で、ポンプを使って高圧の移動相をカラムに通す。
カラム中には固定相(今回は疎水性のODS:オクタデシルシリル基修飾シリカゲル)がある。
混合物中の各物質と固定相との相互作用の大きさの差を利用して分離・検出する機器分析法。
※2. 多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon:PAH)
ベンゼン環がたくさん縮環した化合物群。
墨は有機物を不完全燃焼したときに生じる炭素質物質の"すす"を固めたものであるが、その"すす"の主成分はPAHであると考えられている。
参考
[1] Fullerenes in chinese Ink. A Correction, 大澤映二ら著, Fullerene Science and Technology, 2007, 5:1, 177-194
2013年9月現在、周期表には114個の元素名が記載されています。
そして間もなく、日本の理化研で発見された113番元素が名前を貰います。
元素名には、元素の性質や発見された場所に由来するものや、神話や民話をモチーフにしたもの、偉人を称えて名付けられたものなどがあります。
今回は神聖なる神の名を受けた元素たちを紹介します。
中には元素の性質を神の特徴と照らし合わせていたりシャレになっていたりと、元素発見の歴史を感じることができます。
神の名を持つ元素たち
神の名前を由来とする元素と、その豆知識を以下に記します。
【チタンTi:巨神タイタン】
ギリシャ神話、ローマ神話に登場する巨大な神タイタンに由来。
【バナジウムV:愛と美の女神バナジス】
スカンジナビア神話の愛と美の女神バナジスに由来。
金属バナジウムは表面に薄い酸化膜を生じることにより光の回折を生じ、非常に美しく様々な色に着色する。
このことから美の女神の名を貰ったとか。
【テルルTe:大地の女神テルース】
ローマ神話の大地の女神テルースに由来。
テルースは「地球」の代名詞でもあり、次のセレンSeの命名の元となった。
【セレンSe:月の女神セレーネ】
ギリシャ神話の月の女神セレーネに由来。
セレンは16族元素であり、テルルTeの上に位置する。
当時すでに「地球」テルルは知られていて、その上にあるから「月」でセレンと名付けられたのだとか。
テルルに性質が似ていたからという説もある。
【タンタルTa:フリギア王タンタロス】
ギリシャ神話のフリギアの王タンタロスに由来。
【ニオブNb:タンタロスの娘ニオベ】
ギリシャ神話のフリギア王タンタロスの娘ニオベに由来。
タンタルとニオブは周期表上で上下隣に位置し、性質がよく似ていて単離が困難であった。
当時既に知られていたタンタル(とニオブの混合物)から単離され、タンタルの娘ということでニオブと名付けられたとか。
【プロメチウムPm:悲劇の神プロメテウス】
ギリシャ神話の神プロメテウスに由来。
プロメテウスは人間が幸せになると信じて火を与えたが、人間は火を使って武器を作り戦争を始めた。
それをゼウスに咎められ、プロメテウスが半永久的な拷問に掛けられたという話は有名である。
「プロメテウスの火」とは、人間には扱いきれない科学技術の暗喩。
プロメチウムは元素番号61番の比較的軽い元素だが、安定同位体が存在せずウラン235の核分裂によって生じる。
ウランの核分裂生成物を研究していたチャールズ=コリエルらによって、ウラン鉱から単離された。(1947年:原爆投下の2年後)
原子力が人間にとって夢の新エネルギーであり、同時に原爆等の破壊兵器の元であるという「プロメテウスの火」であることを暗示した元素名である、と。
【イリジウムIr:虹の女神イーリス】
ギリシャ神話の虹の女神イーリスに由来。
イリジウム塩は虹のように様々な色を呈することから名付けられた。
【水銀(マーキュリー)Hg:商売の神メルクリウス】
ローマ神話の神メルクリウスに由来。
液体である水銀の自在性が、神の使いとして天地を自由に駆け巡ったメルクリウスを連想させたとか。
【トリウムTh:雷神トール】
北欧神話の雷神トールに由来。
天体の名≒神の名を持つ元素たち
元素名には天体の名前がつけられているものもあります。
天体の名は神の名に由来しているので、これも載せておきます。
【ヘリウムHe:太陽神ヘリオス(太陽)】
太陽はギリシャ語でヘリオスといい、そのままギリシャ神話の女神ヘリオスの名前になっています。
ヘリウムは太陽のスペクトルを解析している際に見つかった元素なので、太陽の名をつけられた。
【パラジウムPd:海神トリトンの娘パラス(小惑星パラス)】
パラジウムの発見年(1803年)の前年に見つかった小惑星パラスに由来。
パラスはギリシャ神話の海神トリトンの娘、すなわち海神ポセイドンの孫。
【セリウムCe:豊穣の女神ケレス(準惑星ケレス)】
セリウムが発見されたとき、ちょうど準惑星ケレスが見つかっていたことに由来。
ケレスはローマ神話に登場する豊穣神。
【ウランU:天空神ウラノス(天王星)】
ウランと同時期に発見された天王星に由来する。
ウラノスはギリシア神話で全宇宙を最初に統べた神々の王。
【ネプツニウムNp:海神ネプチューン(海王星)】
ネプチューンはローマ神話の海の神。
【プルトニウムPu:冥府の神プルート(冥王星)】
プルトニウムが発見されたとき、すでに隣のネプツニウムとさらに隣のウランには名前がついていた。
(アクチノイド:...Pa, U, Np, Pu, Am...の順)
ということで水金地火木土天海冥なので順番的に冥王星、ということ。
以上。
いかがでしたでしょうか。
イリジウムや水銀のように元素の性質から連想したものや、セレンやプルトニウムのように周期表的なシャレになっているもの、プロメチウムのように考えさせられるものまで様々。
元素名には他にも様々な由来を持つものがあります。
その元素の性質や発見エピソード等が込められているものも多く非常に面白いため、ぜひ色々調べてみてください!
参考
- 『完全図解周期表』玉尾皓平, 桜井弘, 福山秀敏著, ニュートンプレス (2006/12)
- 『図解入門 よくわかる最新元素の基本と仕組み』, 山口潤一郎著, 秀和システム (2007/02)
わたくしナノな世界を扱ってまして、最近原子や分子の数を数えることが多いです。
ということで、コインやコップの中に原子や分子はいくつあるのか数えてみることにしました。
原子や分子はとても小さいので、ちっちゃい物体中にでもたくさん詰まっています。
一方で、原子・分子がほとんどないスカスカな場所や、とても小さな世界もあります。
さて「ここ」にはいったいいくつの原子・分子があるのでしょうか、数えてみましょう!
一円玉
まずもっとも身近な純物質の1つである一円玉を取り上げてみましょう。
一円玉は純粋なアルミニウムAlでできています。
さて、一円玉の中にアルミニウム原子はいくつ含まれているでしょうか。
一円玉の質量は1 g、アルミニウムの原子量は27なので、
(一円玉中のAl物質量) = (1 g) ÷ (27 g/mol) = 0.04 mol
です。
物質量にアボガドロ定数NA = 6.0×1023 個/molをかけると原子の個数になりますから、
(一円玉中のAl原子数) = (0.04 mol) × (6.0×1023 個/mol) = 2×1022個
です。
すなわち20000000000000000000000個、さらに言えば2×1000億×1000億個です。
こんなにちっちゃい一円玉でも極めて大量のアルミニウム原子が含まれているわけです。
原子の小ささがよくわかりますね。
またこのように原子・分子の数を数える時、「20000000000000000000000個」とか言ってるとわけわからないので、「0.04 mol」のように値が小さくわかりやすい物質量という量を使うわけです。
コップの中の水
さて次はコップの中の水分子H2Oの数を数えてみましょう。
例えばコップの中に200 mLの水が入っていたとします。
水の密度は1 g/cm3ですから、2 dLの水は200 gです。
☆ 1 cm3 = 1 mLです。
原子量は水素Hが1、酸素Oが16なので、水H2Oの分子量は18です。
したがって
(コップ中の水の物質量) = (200 g) ÷ (18 g/mol) = 11 mol
です。
個数で言うと、アボガドロ定数をかけて
(コップ中の水分子数) = 7×1024個
です。
コップ一杯の水を飲むということは、なんと7000000000000000000000000個もの水分子を飲み込んだことになるのです。
分子がとても小さなものであることがよくわかりますね。
ダイヤモンドの指輪
分子は普通とても小さなものですが、中にはとても大きな分子もあります。
例えばダイヤモンド。
1カラット、すなわちたった0.2 gのダイヤモンドでも数万円~数十万円はお値段がはります。
(ものにも依りますが。)
さて、そんな高い高い1カラットの中にはいったいいくつのダイヤモンド分子が含まれているのでしょうか。
答えはズバリ、たった1分子!
ダイヤモンドは炭素原子Cが三次元的にたくさん結合した巨大分子で、あの一塊の端から端まで1つの分子です。
このように、世の中にはたった1分子でできた物もあるのです。
ペットボトルの中の空気
次は空気中の分子の数を数えてみましょう。
私たちを包んでいる空気は目に見えませんが、たくさんの分子で構成されています。
乾いた空気は主に窒素N2(78 vol%)、酸素O2(21 vol%)、アルゴンAr(1 vol%)で構成されています。
うちわで仰ぐと風が顔に当たりますが、これはまさに空気中の分子が顔にぶつかっているわけで、空間が分子で詰まっている証拠です。
さて、空気中にはどのくらいの量の分子があるのでしょうか。
例えば1 Lの空ペットボトル中の空気の量を計算してみましょう。
気体の体積と物質量の間には、次の理想気体の状態方程式という関係式が成り立ちます。
PV = nRT
◎ P:圧力、V:体積、n:物質量、R = 8.3 kPaL/(K・mol):気体定数
これは理想気体にのみ当てはまる式ですが、常温常圧ならほぼ理想気体と同じように計算できます。
さて、上の式にP = 1013 hPa(常圧)、V = 1 L、R = 8.3 kPaL/Kmol、T = 300 K(= 27℃)を代入して計算すると
(ペットボトル中の空気分子の物質量n) = 0.04 mol
となります。
すなわち20000000000000000000000個であり、何も入ってなさそうなペットボトルでもものすごい数の空気分子が入っています。
また、最初の例のように小さな一円玉中のアルミニウム原子の数も0.04 mol。
空気は1 Lで0.04 molなので、空気がいかにスカスカなものなのかがわかります。
宇宙空間
では真空でさらにスカスカな宇宙空間にはどのくらいの分子があるのでしょうか。
理屈の上では真の真空は完全にからっぽで、全く分子はありません。
宇宙は真空といいますが、実際には10-9Paくらいの極々微小な圧力があります。
すなわちちょっとだけ分子があります。
では1 Lのペットボトルに「宇宙の空気」を詰めたらどれくらいの分子が存在するのか、計算してみましょう。
低圧の時も理想気体として考えることができるので、また理想気体の状態方程式:
PV = nRT
を使います。
宇宙では、P = 1×10-9 Pa、T = 3 K(= -270℃;寒い!)なので、V = 1 Lのとき
(宇宙空間でのペットボトル中の分子の物質量n) = 4×10-14 mol
です。
おおお!!だいぶ少ない!!
個数で言うと、200億個。
ついに数えられる数に!
(数えるのだいぶしんどいけど!)
ちなみに現在人間が到達できる限界の真空は10-11 Paくらいらしいです。
この圧力でも1000個/cm3くらいの数密度で分子が存在します。
原子や分子がいかに小さく大量に存在してるかがよくわかりますね!
参考
果物の王様、ドリアン。
南国に結実するそれは強烈な匂いを放つことであまりにも有名。
筆者は小学生の時、担任の先生がお土産で買ってきた「ドリアン飴」を食べてそのあまりの匂いに撃沈された。
「あのガスのような匂いはなんなのだろう・・・」
ずっとそう思っていたが、先日「ドリアンの香り物質の詳細な同定に成功した!」という論文[1]を発見した。
しかも最新(2012年)で、ACS(アメリカ化学会:化学の最高権威)出版である!
コイツ等(下図)がドリアン臭の正体だ!!
ドリアンに含まれる主な香気活性物質。構造の下に匂いを示してある。
※ 最下部の二つの構造は平衡混合物。
特に「ドリアン臭」を持つのは赤く示した1, 1-エタンジチオールCH3CH(SH)2だという。
さすが硫黄系、チオール(R-SH)やスルフィド(R-S-R')は臭くて有名だが、まさにドリアン臭の正体はコイツ等だったのだ!
☆ 硫黄系化合物の臭さ;
硫化水素 H2S:腐った卵の匂い
メタンチオール CH3SH:都市ガスの着臭成分
ジメチルスルフィド CH3SCH3:磯の香り
他にも、ドリアン果肉の上にある果頭部分には、「ドリアン臭」のする1-プロパンチオールCH3CH2CH2SH等の香気活性物質が含まれているらしい。
同定の仕方
ところで、数百・数千という種類の化合物が入り乱れているであろうドリアン果肉から、いったいどうやってこんな化合物をひとつひとつ分離・同定したのであろうか?
その論文の著者らは次のようにして分離し、同定している。
- タイ産のドリアンをネット通販で購入し、刈り取ってから2日で空輸してもらう。
- ドリアンの果肉をジクロロメタンCH2Cl2に氷冷しながら分散させ、硫酸ナトリウムNa2SO4(脱水剤)を加え、ろ過する。
- この抽出液を40℃で高真空香気蒸留(solvent-assisted flavor evapolation : SAFE)して揮発性の香気混合物を分離。
- 得た混合物をGC-O、GC-FID及びGC-MSで匂い、保持時間、分子量を分析
- これらの結果から予想される参照化合物と、ドリアンの各香気成分のGC保持時間とを比較し、決定。
まずGCとは、ガスクロマトグラフィー(通称:ガスクロ)のこと。
クロマトグラフィーとは、例えばシリカSiO2の粉を詰めた管(カラム)に混合物を流し込むと、各成分分子のシリカへの吸着力が弱い物質から順に出てくるという分離手段。
ガスクロマトグラフィーはカラムにガス状のサンプルを通すことで、成分を分離し順番に流し出してくれる。
GC-Oとは、ガスクロ-オルファクトメータのこと。
ガスクロからオルファクトメーターに接続している装置である。
オルファクトメーターとは嗅覚測定器だが、要するに人間に嗅がせるということである。
ガスクロで順番に流れだしてくる香気成分を人間が順番に嗅ぐことによって、その匂いが強いか弱いか(ドリアン臭の基となっているか)を調べたというわけ。
GC-FIDとは、ガスクロ-水素炎イオン検出機のこと。
同様にガスクロからFIDに接続している装置である。
GCから流れだしてくる各成分を順番に水素炎で燃やしてイオン化し、検出する。
物質が何秒かかってGCカラムから流れ出してきたか、という時間(保持時間)を高感度で測定できる。
温度など条件が同じなら、保持時間は各化合物で一定なので、予想した参照化合物をGCに通して同じ時間の保持時間ならアタリ!ということになる。
(※ ただし保持時間がほとんど同じ化合物もあるので、これだけで決めるのは危険。)
GC-MSとは、ガスクロ-質量分析装置のこと。
質量分析とは、分子に電子をぶつける等してイオン化し、電場で加速してその飛行時間を測定する等して分子の分子量を測定する便利な測定法。
イオン化したとき、場合によっては分子が部分的に壊れて、フラグメントと呼ばれる部分構造分子を生じる。
例えば、上で示したドリアン臭物質CH3CH(SH)2(分子量94)を質量分析にかけたとする。
すると分子量94の分子イオンピークはもちろん、-SHがもげたCH3CHSH+に対応する分子量61のフラグメントイオンピーク等が得られ、構造もわかってしまう優れもの。
ガスクロから順番に出てくる成分を質量分析することで、その保持時間に対する分子がわかる。
・・・このように、近年発達した最新の分析技術を用いてドリアンのにおい成分は同定されたのだ!!
ドリアンの入手法も最新の技術;ネット通販!
化学の技術の進歩は目覚ましいですね!
>> あしだかみのる様への拍手レス
参考
[1] 『Characterization of the Major Odor-Active Compounds in Thai Durian (Durio zibethinus L. 'Monthong') by Aroma Extract Dilution Analysis and Headspace Gas Chromatography-Olfactometry』, Jia-Xiao Li, Peter Schieberle, and Martin Steinhaus, J. Agric. Food Chem. 2012
↑ クリックでACSの論文ページ。GC-Oで匂いを嗅いでいる、ちょっとシュールだけどおしゃれな画像があります。
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