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一般向け/高校生向け楽しい化け学
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2014年あけましておめでとうございます!

去年は当サイトをご覧いただきありがとうございました、今年も宜しくお願いいたします!


さて今年は午年(うまどし)。

ということで馬と言えばこの化合物、馬尿酸を紹介します。



今日の分子No. 82:馬尿酸 C6H5CONHCH2COOH

英名では「Hippuric acid」といい、ギリシャ語の「Hippos」(馬)+「ouron」(尿)で日本語と同じ。

別名:N-ベンゾイルグリシン。

グリシンH2NCH2COOHのアミノ基-NH2ベンゾイル基-COC6H5が置換した構造をしている。

すなわち、安息香酸C6H5COOHとグリシンとのアミド(R-CO-NH-R')である。



馬尿酸 = N-ベンゾイルグリシン


その名の通り、馬の尿中に含まれる。

生体内でタンパク質の分解物として生じるアンモニアNH3は有害なので、随時適切な方法で排出しなければならない。

魚の場合は周りが水に囲まれているので、エラからアンモニアをそのまま捨てる。

人間(霊長類)の場合は主に尿素NH2CONH2、鳥類は尿酸C5H4N4O3、その他哺乳類はアラントインC4H6N4O3(尿酸の酸化物)の形で尿として体外に排出する。

人体内でもプリン体の代謝によって尿酸が合成される。(痛風の原因になる。)



窒素分排出形態:アンモニア、尿素、尿酸、アラントイン、馬尿酸の構造

構造を見れば、アンモニア以外はアミドの形で体外に排出されることがわかる。



反応

馬尿酸は安息香酸とグリシンのアミドであるので、加水分解により安息香酸とグリシンを生じる。



馬尿酸の加水分解

※ 塩基性で加水分解するとカルボン酸塩が生じるので、中和して酸を遊離する。


一方、安息香酸とグリシンを直接反応させて馬尿酸を合成するのは難しい。

なぜなら安息香酸とグリシンの脱水縮合反応に、グリシンの自己縮合反応が競合してしまうからである。

そのため、例えばより反応性の高い塩化ベンゾイルC6H5COClとグリシンを反応させて合成する。



馬尿酸の合成



馬尿酸と有機化学の歴史~「基」の発見

馬尿酸は、19世紀の有機化学黎明期、激動の時代に関係した物質です。

ベンゾイル基の発見、「基」(官能基)の概念の発案に関わりました。

有機化学の父、ユストゥス=フォン=リービッヒ(リービッヒ冷却管の発明者)とフリードリヒ=ヴェーラー(尿素合成)のお話です。


19世紀前半、まだ「分子」というものがどんなものか分かっておらず、有機化合物は生物しか作り出せないものだと思われていた。

1825年の秋、リービッヒの雷酸(HCNO)塩とヴェーラーのシアン酸(HOCN)塩は同じ組成を持つにも関わらず全く異なる物質であったことから、両者は激しく論争を巻き起こした。

結果、二人はその2物質を、組成は同じであるが原子配列が異なると結論付け、「異性体」という概念を作り出した。

以来二人は非常に固い友情関係を持つようになる。


しばらくして1828年、ヴェーラーは無機化合物であるシアン酸アンモニウムNH4OCNを加熱すると有機化合物である尿素NH2CONH2が生じることを発見した。
※ 現在の定義では、厳密には尿素は有機化合物ではない。

かの有名な「ヴェーラー合成」であり、これまでの常識「有機化合物は生物しか作り出せない」(生命力:リーベンス・クラフト)を覆した。

それに触発されたリービッヒは同じく人尿に含まれる尿酸に目をつけ、転じて馬尿を調べてみたところ、馬尿酸を発見した(1829年)。

馬尿酸を分解すると古くから知られていた安息香酸が得られることも発見した。


ここでリービッヒとヴェーラーは苦扁桃油(主成分:ベンズアルデヒドC6H5CHO)の共同研究をスタートさせる。

ベンズアルデヒドを酸化しても安息香酸が得られる。

当時リービッヒは元素分析装置(現在も使われている燃焼式)を完成させていて、元素組成を精密にかつ素早く測定することができた。

ちょうどその時妻フランチスカを亡くした悲嘆のヴェーラーは、リービッヒの薦めで彼のギーセン大学に来、辛さを忘れるため2人はおよそ1か月熱狂的に実験を行った。

彼らの実験は次のようである。

1. 苦扁桃油を精製し、それ(ベンズアルデヒド)がC7H6Oという組成比であることを元素分析によって明らかにした。

2. ベンズアルデヒドに酸素O2を吸収させると、酸素が1つ増えた安息香酸C7H6O2になる。

3. 苦扁桃油に塩素Cl2を通すと塩酸が生じ、新しい油状物質(塩化ベンゾイル)C7H5OClが得られた。

これは苦扁桃油の水素原子1つが塩素原子に置き換わったことを意味する。

4. この油状物質(塩化ベンゾイル)を水H2Oと反応させると、塩化水素HClと、なんと安息香酸が生じる。

5. ベンズアルデヒドに臭素Br2を反応させると臭化ベンゾイルC7H5OBrが得られる。

6. 塩化ベンゾイルにヨウ化カリウムKIを反応させるとヨウ化ベンゾイルC7H5OIが得られる。

5. これらの結果から、

・ ベンズアルデヒド:C7H5O-H

・ 安息香酸:C7H5O-OH

・ 塩化ベンゾイル:C7H5O-Cl

・ 臭化ベンゾイル:C7H5O-Br

・ ヨウ化ベンゾイル:C7H5O-I

となり、色々な化学反応の中でC7H5Oという単位が一塊になって動いている。

また、ハロゲン化物はいずれも水と反応してハロゲン化水素と安息香酸を与え、C7H5O単位の性質が伺える。



リービッヒとヴェーラーの実験

この結果から二人は論文中でこう述べている;

「この論文に掲載した緒関係を、今一度見渡して総括するならば、我々は他の物質との、ほとんど全ての結合関係において、その本性と組成を変えないところの、ただ1つの化合体をめぐって、前記すべての緒関係がつながっていることを見出す。この安定性と、現象における一貫性から、我々はその化合体を一個の複合基体と考え、これに対してベンゾイルという特定の名称を提案する。この基(ラジカル)の組成を14C+10H+2O(※)によってあらわした。」

※ 当時は組成比しかわからなかったため、無水安息香酸(C7H5)2Oを基準としてベンゾイル基をC14H10O2と計算していた。

「他の試薬を作用させるにおいて、つねに同一のままにとどまっており、三種の元素から複合された1つの化合物があること、そしてこの化合物はただ安息香酸の基(ラジカル)であるのみでなく、おそらくいくつかの類似化合物の最も変化することのない基体であるとみなしうる。」

彼らはベンゾイル基が便宜上のものではなく、確かな原子集団として物質から物質へと移ることをイメージしていたのである。

この論文はベルセリウスらの賞賛をもって、1832年『薬学年報』(『Annalen der Pharmacie』:現在の『European Journal of Organic Chemistry』)に掲載される。


このように、馬尿酸とその分解によって安息香酸が得られるという発見から、現在の有機化学にはなくてはならない「官能基」の概念が生まれ出でたのである。

ちなみに、リービッヒは2年後の1834年にはエチル基-C2H5も発見している。

◎ なので、官能基第一号は簡単なメチル基やエチル基ではなくて、ちょっとややこしくてマニアックなベンゾイル基なんです。



さて、大学入学時あたりからこんな風にリービッヒファンの筆者ですが、大学4回生の研究室配属で初めて貰ったテーマがベンゾイル基の置換基効果に関する研究であったのは何の因果だろうか。

自分も化学史の延長線上にいることをしみじみ感じます。

さる2013年はそれ関連の研究で某学会で賞を取ったりした一年でした。

今年2014年も過去の偉大な化学者に負けないよう、敬意を示して頑張ろうと思います。



参考
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