一般向け/高校生向け楽しい化け学
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「上手な人が作ると、グリニャール試薬は銀色透明な液体になる――」
以前、ある講義で有機合成の教授がそうおっしゃった。
(そんな馬鹿な・・・・)
我々学生たちは一斉にそう思った。
当時学生実験で臭化フェニルマグネシウムというグリニャール試薬の一種を調製したのだが、全員が全員茶色や肌色に濁った汚い液体になった。
だから「銀色で透明なグリニャール試薬」は我々の間では神話と化していた・・・・
今日の分子No.80 :臭化フェニルマグネシウム C6H5MgBr (+2THF)
ブロモベンゼンC6H5Brと金属マグネシウムから調製される、最も一般的なグリニャール試薬の1つ。
基本的に金属Mgにブロモベンゼンのエーテル溶液を混ぜるだけ。(あと活性剤として少量のヨウ素I2を入れる。)
臭化フェニルマグネシウムの調製 ※配位している溶媒は省略
なんと金属のマグネシウムがブロモベンゼンを滴下するとみるみる溶けていくという、不思議な反応なのである。
◎ グリニャール試薬の構造
普通は上反応式のように溶媒分子を省略するが、実際は上分子模型のように溶媒(主にエーテル)二分子がMgに配位してオクテット則を満たすようになっている。
THF(テトラヒドロフラン;C4H8O)が配位した構造。
さらに濃度や構造によっては、ジャングルジム型の多量体を作るなど複雑な構造を取る。
グリニャール試薬とはR-Mg-Xの構造を持つ有機金属化合物。
(Rはアルキル基やアリール基。XはBr、I等のハロゲン。色々種類がある。)
最近はグリニャール反応剤、グリニア等とも呼ばれる。
炭素-マグネシウム結合があることがポイント。
高校化学では出てこなくて奇妙に思えるかもしれないが、このような炭素-金属結合がある化合物を有機金属化合物という。
グリニャール試薬の面白い所は、マグネシウムが炭素より電気陰性度が小さいため、炭素がδ-に帯電していることである。
これによってグリニャール試薬の炭素はδ+に帯電している部分を攻撃することができる。
すると新しいC-C結合を形成することができる。
例えば臭化フェニルマグネシウムをホルムアルデヒドHCHOと反応させ、後処理として酸を加えるとベンジルアルコールC6H5OHが生成するだろう。
グリニャール試薬の反応例 ~マイナスとプラスは引きあう~
このように、グリニャール試薬は重要な反応剤なのである。
一方グリニャール試薬は水や空気・熱等に弱く、基本的に単離はできず、保存は難しい。
調製して直ぐに反応物と反応させなければならない。
(種類によっては比較的安定で保存が可能な物もある。)
調製時は絶対禁水。
水が混ざると反応して潰れてダメになってしまう。
また反応熱が結構出るのだが、温度が上がり過ぎてもグリニャール試薬は死んでしまう。
その一方で、温度が低いとグリニャール試薬の生成反応が進行しないため、シビアな温度管理が必要になってくる。
失敗すると茶色などに濁った汚い液体ができてしまい、次の反応の収率が悪くなる。
混ぜる速さ、タイミング、濃度、温度・・・・・
このように、グリニャール試薬の調製は熟練の感覚が必要で難しいのだ。
が、うちの研究室に「グリニア作り名人」と呼ばれる先輩がいらっしゃるのだ。
先日グリニャール試薬を調製する必要があった時、その繊細な作り方を伝授していただいた。
まず先輩の操作を見て学んで、自分の頭の中でイメージして、そして自分ひとりでそれを実践してみると・・・・
伝説の銀色透明のグリニャール試薬ができたよーーー!!!
以前学生実験の時に完敗した反応だけあって、リベンジとなるこの成功は最高にテンションの上がるものでした。
それ以来何度かグリニャール試薬を調製していますが、今のところ百発百中で成功しています!
では気になるその方法とは・・・
はぁ!?教えてやるわけねーよ!糞して寝な!(言い過ぎ。)
これは我が研究室に代々受け継がれている秘伝の調製法。
それに、もし文章に書いてもそれは伝わらない。
実際の操作を見て、微妙な溶媒量、混合速度、タイミング、全てを体で覚えなければならない。
化学実験はそういうところがあり、徒弟が住み込みで職人からワザを伝授されるように、体を使ってモノにする必要がある。
化学は紙の上だけでできるような簡単な学問ではないのです。
◎ 参考
- 『ボルハルト・ショアー現代有機化学〈上〉』, K.Peter C. Vollhardt, Neil E. Schore著, 野依良治監訳, 化学同人; 第4版 (2004/03)
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