一般向け/高校生向け楽しい化け学
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前回記事にちらっと出てきた「ベンザイン」。
今回はこの奇妙な分子を紹介します。
今日の分子No.77 :ベンザイン C6H4
ベンゼンのC=Cの1つがC≡Cになった構造の分子。
「二重結合(-ene)」的なベンゼン(benzene)に対し、「三重結合(-yne)」になったベンザイン(benzyne)、という感じの名前の由来。
1,2-デヒドロベンゼンと呼ばれることもある。
ベンザインは極めて不安定で約0.00000002秒間しか存在できない。
反応中間体としてのみ知られている。(後述)
その構造的な不安定さは、分子模型を組もうとするとよくわかる。
普通結合角は、∠C=C-Cは120°、∠C≡C-Cは180°なので、そのままでは不可能な構造をしているのだ。
ベンザインを組もうとして案の定ボンドが折れてしまったの図。2012/2/11筆者撮影
実際のベンザイン分子は結合がもうちょっとうまいことねじ曲がっているので何とかその構造を維持しているが、でもその命は20ns(ナノ秒)である。
このように、ハンパなく構造的に無理のある不安定な分子なのです。
あまりに無理な構造であるため、最初提案された時はほとんどの化学者が信じなかったという。
しかし以下に示す反応等がベンザインの存在を裏付けている。
☆ 以下ちょっと大学化学的な内容が入ってきます。
ではベンザインは一体どんな反応に関わっているのだろうか。
実は有機化学的には極めて重要な反応中間体なのである。
例えば、次のような反応がある。
液体アンモニア中でクロロベンゼンをカリウムアミドKNH2と反応させるとアニリンが生成する反応;
これだけぱっと見れば普通の芳香族求核置換反応(SNAr機構、付加脱離機構)のイプソ位置換反応に見えるかもしれないが、そうだとすると理解できない事実がある。
例えばクロロベンゼンのイプソ位のC(クロロ基の付いているC)を14Cにしてマークしておくと(以下「*」で示す)、驚くべきことにイプソ位(C1位)の隣のオルト位(C2位)にアミノ基-NH2が置換した物が等量得られる。
これは次のようにして考えれば合点がいく。
(反応機構;「巻き矢印」は電子対の動きを表します。)
(1) 強塩基であるアミドイオンNH2-がクロロベンゼンのオルト位のH+を引き抜いてフェニルアニオン種を生成する。(脱プロトン化)
◎ クロロ基の誘起効果によりオルト位のHの酸性度が上がっているのがポイント。
(2) フェニルアニオンがクロロ基を塩化物イオンとして脱離して、活性中間体ベンザインを生成する。
(3) 極めて反応性に富むベンザインにアミドイオンが付加し、溶媒NH3からH+を引き抜く。
もしくは
すると付加するパターンは2パターン、アミノ基がイプソ位に現われるものと、オルト位に現われるものである。
これは他の芳香族求核置換反応(SNAr機構等)に対して「ベンザイン機構」(もしくは付加脱離機構に対して「脱離付加機構」)と呼ばれている。
ベンザインが極めて不安定、すなわち極めて反応性に富むことによって、付加しにくいアミドイオンでも付加させれるのがポイントです。
他にも、アントラニル酸をジアゾ化したのち水酸化物イオンで中和して得られるカルボキシラート-ジアゾニウム双性イオンを加熱することで、ベンザインを発生させることができる。
気相でこの反応を行うとベンザインの二量体が生成する。
上の双性イオンを質量分析にかけると上記の反応が起こり、ベンザイン(M=76)とベンザイン二量体(M=152)のピークが見える。
また、この双性イオンから生じたベンザインはDiels-Alder反応の求ジエンとなりジエンと反応できる。
以上のように、その反応の中で確かにベンザインは短命ながらも生成・存在していることがわかります。
○ おまけ;ベンザインが関係する面白い反応
(2-クロロフェニル)-プロパンニトリルを液体アンモニア中でナトリウムアミドNaNH2と反応させると、四員環の環化反応が起こる。
一見すると何がどうなったのかよくわからないが、ベンザイン機構を考えるとスムーズに理解できる。
これは上述と同様なベンザインの生成反応に次いで、シアノ基-CNの隣のH+が引き抜かれて生成する二重結合がベンザインの三重結合と反応することによる。
他にも立体障害やアニオン同士の反発を利用して、ベンザイン機構の置換位置に選択性を持たせたりできる等、色々ある。
このように、一瞬しか存在しないベンザインであるが、その存在はとーーっても重要なのです。
◎ 参考
- 『ボルハルト・ショアー現代有機化学〈上〉』, K.Peter C. Vollhardt, Neil E. Schore著, 野依良治監訳, 化学同人; 第4版 (2004/03)
- 『ウォーレン有機化学〈上〉』, Stuart Warrenら著, 野依良治監訳, 東京化学同人 (2003/02)
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