一般向け/高校生向け楽しい化け学
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二週間程前にセンター試験がありましたが、「ワッカー酸化」という反応が出ていました。(第4問の問6の下の反応)
高校の教科書ではワッカー酸化という名称は出てきませんが、反応式は載っています。
次の反応;
という、パラジウム触媒を用いたエチレンの直接酸化によるアセトアルデヒドの合成法を「ワッカー酸化」もしくは「ヘキスト-ワッカー法」と言います。
これはアセトアルデヒドの工業的製法です。
後に述べる理由により、とてもとても重要で有名な反応です。
センターにも出るくらいに重要な反応なのですが、高校生にはあまりなじみが薄い気がします。
筆者が塾のバイトで教えている生徒さんも
「見たことはあるような気がするんですけど」
「Hの場所が変わってるし理屈がよくわからない」
とのこと。
確かに、他の有機化学の反応と比べて高校生には反応物から生成物を予想することは難しそうです。
というか、触媒が関係する反応は生成物が全然違う形になったりしてよくわからない、と感じやすいと思います。
今回はワッカー酸化反応の具体的な反応機構(生成物に至るまでの途中式)を紹介したいと思います。
そして、何故この反応が重要なのかということも述べたいと思います。
◎ ヘキスト-ワッカー法(ワッカー酸化)
塩化パラジウム(II)と塩化銅(II)を触媒とするエチレンのアルデヒドへの酸化反応。
下図のようなスキームで反応が進む。
ワッカー酸化の触媒サイクル。ただしPdの配位子は省略。
簡単に解説します。
① エチレンの配位
まず塩化パラジウム(II);PdCl2にエチレンが配位するところから始まります。
図のように、パラジウムはエチレンの二重結合(π結合)と結合して錯体(π錯体)を作ることができます。
ここが遷移金属の面白いところです。
② 水のエチレンへの求核攻撃
次にエチレンに水分子が孤立電子対をぶつけてきます。
するとC-O結合ができ、Pdとエチレンとの間の弱いπ配位結合がガッチリした単結合(σ結合)になり、同時に電子がClの方に押し出されてCl-となり脱離します。
次に邪魔なH+が取れて、すなわち新しいPd有機金属錯体(σ錯体)と塩化水素HClができます。
③ β水素脱離
②で生じた錯体で結合の組み換えが起こります。
β位のHがPdへ結合し(β水素脱離)、C-C結合がC=Cになり、PdとCの結合は切れて代わりにπ配位結合になります。
そうしてビニルアルコールが配位したヒドリドパラジウム錯体が生成します。
有機金属錯体ではこのように結合が「シュコッ!」とパズルのように組み換わる反応がよく起こります。
④ ハイドロパラデーション
③とちょうど逆の反応(ハイドロパラデーション)が起こります。
すなわちPdに結合しているHがビニルアルコールに渡され、π錯体がσ錯体になります。
ただし、このHはもともと-OHが付いているCと結合していたものですが、そうでない方のCに結合します。
要するに③と④では、Hを一旦Pdの方へ避難させることで他方のCに動かしているわけです。
☆ ここが「Hが動いた?」と高校生の悩みの種の原因です。
⑤ ヒドロキシ基からのβ水素脱離
③と同じ要領でβ水素脱離が起こります。
ただし次はヒドロキシ基-OHのHがパラジウムに移動します。
そうすることで次はC=O結合が形成され、すなわちこれはアセトアルデヒドです。
以上①~⑤でエチレンからアセトアルデヒドが生成します。
「あれ?酸素が関係してないんじゃ?」と思うと思いますが、この続きのパラジウムの反応がまた重要なのです。
⑥ 還元的脱離
⑤で生成した塩化水素化パラジウム(II);Cl-Pd-Hは塩化水素HClを脱離して酸化数0であるのPd(0)を生成します。
※ 「Pd(0)」とは金属パラジウムのことではなく、形式酸化数が0であるパラジウム錯体LnPd(LはトリフェニルホスフィンPh3Pなどの配位子)のことです。
このように脱離することで酸化数が減る(=還元される)特徴的な反応を「還元的脱離」と言います。
(ちなみに逆反応に相当する「付加することで酸化数が増える」反応を「酸化的付加」と言います。)
⑦ 塩化パラジウム(II);PdCl2の再生
⑥の反応でパラジウム(II)はPd(0)になってしまいました。
これではアセトアルデヒドを1mol生成するためにPdCl2を1mol消費することにより、触媒として使えません。
そこで考えられたのが塩化銅(II);CuCl2でPd(0)を酸化することです。
しかしこれでは消費されるのが塩化銅になっただけです。
が、塩化銅(I);CuClは酸素の存在下塩化水素と反応するとCuCl2に酸化再生されます。
すると、一番上に示した反応式が輪っかを閉じます。
PdCl2もCuCl2も正味消費されていないので、これらは触媒であると言えます。
このように、触媒反応で輪になって閉じた反応式を「触媒サイクル」と言います。
PdCl2もCuCl2は消費されていないことがわかりました。
ここで、では何が消費されたかを考えてみましょう。
一番上の反応サイクルを見てください。
輪の外からやってきた物質が消費されるもの、輪の外に投げ出されるものが生成するものです。
すると
消費されるもの;CH2=CH2、H2O、2HCl、1/2O2
生成するもの;2HCl、H2O、CH3CHO
です。
そう、②と⑥で生成するHCl計2分子は⑦の再生に必要なHCl2分子に充当され、その⑦で生じるH2Oが②で消費されるH2Oに充当されます。
したがってこれらは正味消費も生成もしていません。
したがって
正味消費されるもの;CH2=CH2、1/2O2
正味生成するもの;CH3CHO
です。
よって全体の反応を見ると
となり、最初に示した反応式と一致します。
このように、ワッカー酸化ではとても巧妙に無駄なくエチレンの酸化が行われているのです。
以上のように細かく反応を分けると、一見何が起こっているかわからない触媒反応でもなるほどと理解できるのではないでしょうか。
金属錯体を使うと配位結合を利用して上手に原子の組み換えができるわけです。
さて、今回は実はもう一つ伝えたいことがあります。
ヘキスト-ワッカー法―アセトアルデヒドの工業的製法―が何故こんなにも重要視されているかです。
まずアセトアルデヒドの合成法と言われるとどんな反応が思い浮かぶでしょうか。
高校の化学Iでは、「アセチレンに水を付加」する反応が紹介されていると思います。
ビニルアルコールが平衡関係にあるアセトアルデヒドに変わることをうまく利用した反応です。
この反応はつい半世紀ほど前までアセトアルデヒドの工業的製法として用いられてきました。
が、過去形です。
何がいけなかったのでしょうか。
このとき使われる触媒はHgSO4。
水銀触媒です。
知ってのように水銀は猛毒です。
60年ほど前、「日本窒素」という化学メーカーがこの反応でアセトアルデヒドを合成していました。
この会社はこの水銀触媒を含んだ排水を海へ捨てていました。
その会社は熊本県の水俣市にありました。
もうお気づきの通り、起こった事件は「水俣病」。
案外知名度が低いのですが、まさにこのアセチレンへの水付加反応が水俣病の元凶だったのです。
排水をそのまま捨てるのはいけないというのは大前提なわけですが、そしてできるだけ危険な薬品は使わないように世界は向かって行きました。
そしてこの反応に取って代わったのが上記の「ヘキスト-ワッカー法」。
ヘキスト-ワッカー法は比較的な安全な触媒を用い、原料はエチレンと空気(酸素)だけで、副生物がないとてもクリーンな反応です。
このように、世の中の状況―経済、環境問題、資源問題、エネルギー問題―に対応して、触媒は進化しています。
ヘキスト-ワッカー法はこのような公害問題の中で評価された歴史的に、現実的に重要な触媒反応なのです。
「アセチレンの水付加の時の水銀触媒が水俣病の原因!」
「だからヘキスト-ワッカー法は取って代わった!」
こういう話は教科書には詳しく載っていないのですが、化学工業は環境や人に優しくあらねばならないので、本当にぜひ知っておいて頂きたいです。
◎ 参考文献
- 『有機金属化学 (化学マスター講座)』,植村榮、村上正浩、 大嶌幸一郎著, 丸善 (2009/12)
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