一般向け/高校生向け楽しい化け学
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先日、私の専門である有機金属化合物を紹介する@vorgmetというTwitterのbotを作りました。
◎ 有機金属化合物;炭素-金属結合のある化合物。
有機金属化合物はとても不思議で美しい構造をしているので、ここでも紹介していこうと思います。
今日の分子No. 83:ツァイゼの陰イオン [PtCl3(CH2=CH2)]-
Mercuryで描画
IUPAC正式名称:トリクロロ(エテン)白金(II)酸イオン。
平面四配位型の白金(II)錯体。
Pt2+イオンにCl-イオン3つとエチレンCH2=CH2が配位しています。
よって一価の陰イオンになっており、実際はカリウムイオン等を対イオンとして持っている。
カリウム塩は空気に対して安定な黄色の固体。
世界で最初に見つかった有機金属化合物で、発見者のウィリアム-クリストファー-ツァイゼの名からその名を付けられています。
カリウム塩は、塩化スズ触媒下テトラクロロ白金酸(II)カリウムK2[PtCl4]とエチレンから合成されます。
K2[PtCl4] + CH2=CH2 → K[PtCl3(CH2=CH2)] + KCl
その構造を見てまず思うことは
「白金が結合と結合してる!」
でしょう。
その通り、結合と結合しているのです。
この常識破りの構造の謎を解き明かしていきましょう。
ご存じの通り、エチレンはC-C間に二重結合を持つ化合物です。
一本目の結合(σ結合)はC-C間にガッチリ存在していますが、二本目の結合(π結合)はエチレン平面の上下に「ホワっと」存在しています。
エチレンのσ軌道とπ軌道
この「ホワっと」存在するπ軌道の電子(π電子)がPtの空のd軌道に配位してきます。
受け入れがたいかもしれませんが、実はそんなに変なことでもないです。
例えばアンモニアNH3がPtに配位するとき、窒素の非共有電子対を使ってPtの空のd軌道に配位してきます。
「アンモニアの非共有電子対」が「エチレンのπ電子対」に変わっただけです。
エチレン→Pt配位結合とアンモニア→Pt配位結合
このようにπ電子が金属に配位することを「π配位」といい、そうして形成される錯体を「π錯体」と言います。
実はちょっと難しいですが、このような弱そうな結合を持つπ錯体が安定に存在できる理由として「逆供与」というもう1つの結合があります。
例えばこのツァイゼイオンでは、
・ エチレンの結合性π軌道(電子で満たされている)からPtの空のd軌道への電子の流れこみ:「供与」(上で述べた結合)
・ Ptの満たされたd軌道(非共有電子対)からエチレンの非結合性π軌道(電子が入っていない)への電子の流れこみ:「逆供与」
の二重の結合で安定化されています。
このようなπ錯体はπ配位子が比較的外れやすいことから配位子交換反応で別の有機金属錯体の原料となったりします。
また、触媒サイクルの反応中間体としても生じていたり、工業的にも非常に重要です。
(例:『ヘキスト-ワッカー法の機構~水俣病と触媒の進化~』)
以上のように、有機金属化合物はとても不思議で面白い物質群です。
興味のある方はぜひ研究してみてください!
参考
・ 『有機金属化学』, 植村 榮ら著, 丸善 (2009/12)
↑ 読みやすくて良い本ですが誤植や図のミスが多いのが玉に瑕。
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2014年あけましておめでとうございます!
去年は当サイトをご覧いただきありがとうございました、今年も宜しくお願いいたします!
さて今年は午年(うまどし)。
ということで馬と言えばこの化合物、馬尿酸を紹介します。
今日の分子No. 82:馬尿酸 C6H5CONHCH2COOH
英名では「Hippuric acid」といい、ギリシャ語の「Hippos」(馬)+「ouron」(尿)で日本語と同じ。
別名:N-ベンゾイルグリシン。
グリシンH2NCH2COOHのアミノ基-NH2にベンゾイル基-COC6H5が置換した構造をしている。
すなわち、安息香酸C6H5COOHとグリシンとのアミド(R-CO-NH-R')である。
馬尿酸 = N-ベンゾイルグリシン
その名の通り、馬の尿中に含まれる。
生体内でタンパク質の分解物として生じるアンモニアNH3は有害なので、随時適切な方法で排出しなければならない。
魚の場合は周りが水に囲まれているので、エラからアンモニアをそのまま捨てる。
人間(霊長類)の場合は主に尿素NH2CONH2、鳥類は尿酸C5H4N4O3、その他哺乳類はアラントインC4H6N4O3(尿酸の酸化物)の形で尿として体外に排出する。
人体内でもプリン体の代謝によって尿酸が合成される。(痛風の原因になる。)
窒素分排出形態:アンモニア、尿素、尿酸、アラントイン、馬尿酸の構造
構造を見れば、アンモニア以外はアミドの形で体外に排出されることがわかる。
反応
馬尿酸は安息香酸とグリシンのアミドであるので、加水分解により安息香酸とグリシンを生じる。
馬尿酸の加水分解
※ 塩基性で加水分解するとカルボン酸塩が生じるので、中和して酸を遊離する。
一方、安息香酸とグリシンを直接反応させて馬尿酸を合成するのは難しい。
なぜなら安息香酸とグリシンの脱水縮合反応に、グリシンの自己縮合反応が競合してしまうからである。
そのため、例えばより反応性の高い塩化ベンゾイルC6H5COClとグリシンを反応させて合成する。
馬尿酸の合成
馬尿酸と有機化学の歴史~「基」の発見
馬尿酸は、19世紀の有機化学黎明期、激動の時代に関係した物質です。
ベンゾイル基の発見、「基」(官能基)の概念の発案に関わりました。
有機化学の父、ユストゥス=フォン=リービッヒ(リービッヒ冷却管の発明者)とフリードリヒ=ヴェーラー(尿素合成)のお話です。
19世紀前半、まだ「分子」というものがどんなものか分かっておらず、有機化合物は生物しか作り出せないものだと思われていた。
1825年の秋、リービッヒの雷酸(HCNO)塩とヴェーラーのシアン酸(HOCN)塩は同じ組成を持つにも関わらず全く異なる物質であったことから、両者は激しく論争を巻き起こした。
結果、二人はその2物質を、組成は同じであるが原子配列が異なると結論付け、「異性体」という概念を作り出した。
以来二人は非常に固い友情関係を持つようになる。
しばらくして1828年、ヴェーラーは無機化合物であるシアン酸アンモニウムNH4OCNを加熱すると有機化合物である尿素NH2CONH2が生じることを発見した。
※ 現在の定義では、厳密には尿素は有機化合物ではない。
かの有名な「ヴェーラー合成」であり、これまでの常識「有機化合物は生物しか作り出せない」(生命力:リーベンス・クラフト)を覆した。
それに触発されたリービッヒは同じく人尿に含まれる尿酸に目をつけ、転じて馬尿を調べてみたところ、馬尿酸を発見した(1829年)。
馬尿酸を分解すると古くから知られていた安息香酸が得られることも発見した。
ここでリービッヒとヴェーラーは苦扁桃油(主成分:ベンズアルデヒドC6H5CHO)の共同研究をスタートさせる。
ベンズアルデヒドを酸化しても安息香酸が得られる。
当時リービッヒは元素分析装置(現在も使われている燃焼式)を完成させていて、元素組成を精密にかつ素早く測定することができた。
ちょうどその時妻フランチスカを亡くした悲嘆のヴェーラーは、リービッヒの薦めで彼のギーセン大学に来、辛さを忘れるため2人はおよそ1か月熱狂的に実験を行った。
彼らの実験は次のようである。
1. 苦扁桃油を精製し、それ(ベンズアルデヒド)がC7H6Oという組成比であることを元素分析によって明らかにした。
2. ベンズアルデヒドに酸素O2を吸収させると、酸素が1つ増えた安息香酸C7H6O2になる。
3. 苦扁桃油に塩素Cl2を通すと塩酸が生じ、新しい油状物質(塩化ベンゾイル)C7H5OClが得られた。
これは苦扁桃油の水素原子1つが塩素原子に置き換わったことを意味する。
4. この油状物質(塩化ベンゾイル)を水H2Oと反応させると、塩化水素HClと、なんと安息香酸が生じる。
5. ベンズアルデヒドに臭素Br2を反応させると臭化ベンゾイルC7H5OBrが得られる。
6. 塩化ベンゾイルにヨウ化カリウムKIを反応させるとヨウ化ベンゾイルC7H5OIが得られる。
5. これらの結果から、
・ ベンズアルデヒド:C7H5O-H
・ 安息香酸:C7H5O-OH
・ 塩化ベンゾイル:C7H5O-Cl
・ 臭化ベンゾイル:C7H5O-Br
・ ヨウ化ベンゾイル:C7H5O-I
となり、色々な化学反応の中でC7H5Oという単位が一塊になって動いている。
また、ハロゲン化物はいずれも水と反応してハロゲン化水素と安息香酸を与え、C7H5O単位の性質が伺える。
リービッヒとヴェーラーの実験
この結果から二人は論文中でこう述べている;
「この論文に掲載した緒関係を、今一度見渡して総括するならば、我々は他の物質との、ほとんど全ての結合関係において、その本性と組成を変えないところの、ただ1つの化合体をめぐって、前記すべての緒関係がつながっていることを見出す。この安定性と、現象における一貫性から、我々はその化合体を一個の複合基体と考え、これに対してベンゾイルという特定の名称を提案する。この基(ラジカル)の組成を14C+10H+2O(※)によってあらわした。」
※ 当時は組成比しかわからなかったため、無水安息香酸(C7H5)2Oを基準としてベンゾイル基をC14H10O2と計算していた。
「他の試薬を作用させるにおいて、つねに同一のままにとどまっており、三種の元素から複合された1つの化合物があること、そしてこの化合物はただ安息香酸の基(ラジカル)であるのみでなく、おそらくいくつかの類似化合物の最も変化することのない基体であるとみなしうる。」
彼らはベンゾイル基が便宜上のものではなく、確かな原子集団として物質から物質へと移ることをイメージしていたのである。
この論文はベルセリウスらの賞賛をもって、1832年『薬学年報』(『Annalen der Pharmacie』:現在の『European Journal of Organic Chemistry』)に掲載される。
このように、馬尿酸とその分解によって安息香酸が得られるという発見から、現在の有機化学にはなくてはならない「官能基」の概念が生まれ出でたのである。
ちなみに、リービッヒは2年後の1834年にはエチル基-C2H5も発見している。
◎ なので、官能基第一号は簡単なメチル基やエチル基ではなくて、ちょっとややこしくてマニアックなベンゾイル基なんです。
さて、大学入学時あたりからこんな風にリービッヒファンの筆者ですが、大学4回生の研究室配属で初めて貰ったテーマがベンゾイル基の置換基効果に関する研究であったのは何の因果だろうか。
自分も化学史の延長線上にいることをしみじみ感じます。
さる2013年はそれ関連の研究で某学会で賞を取ったりした一年でした。
今年2014年も過去の偉大な化学者に負けないよう、敬意を示して頑張ろうと思います。
参考
- 『パソコンで見る動く分子辞典』 本間善夫, 川端潤著, 講談社(2007)
- 『化学者リービッヒ』 田中実著, 岩波書店 (1951)
くぅ~疲れましたw これにて(学会が)完結です!
一山超えたときはやっぱりコレ、EtOH!!
一山越える前にストレス溜まってるときもコレ、EtOH!
そんでもって、特に何もない平和な時もやっぱりコレ、EtOH!!
さて、今回は筆者が最近お世話になりっぱなしのこの分子を紹介します。
※ 未成年者の飲酒は法律で固く禁じられています!
この記事の後半を読むとエタノールの恐ろしさがよくわかるでしょう。
今日の分子 No.81 : エタノール CH3CH2OH
Jmolで描画
IUPAC名:エタノール。
慣用名:エチルアルコール。
一級アルキル基に1つヒドロキシ基が結合した一価の一級アルコール。
揮発性が高く、いわゆるアルコール臭のする無色透明液体。
ヒドロキシ基が水素結合を作ることができるため、水とは自由に混和する。
引火性の液体で、第4類危険物(引火性液体)、危険等級IIに指定されている。
また言わずもがな、お酒の成分。
消毒液としても用いられる。
エチル基CH3CH2-はよく「Et-」と略される。
よってエタノールCH3CH2OHはよくEtOHと表される。
筆者のような化学好きな人がよくTwitterやFacebook等で「EtOH」と言っているのはエタノールのことです。
また、上図のようにエタノール分子は犬のような愛嬌のある構造をしているため、分子模型も人気です。
実験室でもよく用いられるエタノール。
しかしメタノールCH3OHに比較してその値段は高い。
例えば和光純薬では、メタノールは500 mLで850円で売られているのに対し、エタノールは2100円で売られている。
これは、試薬であろうとエタノールは酒税がかかるからである。
一方、エタノールにわざとメタノールやイソプロパノール(CH3)2CHOHを加えて「変性アルコール」とし、酒税を回避している場合もある。
また、エタノールの水溶液は「共沸」という現象を生じる。
共沸とは、混合液の蒸留の際にある濃度で複数の成分が同時に、同一組成で蒸発する現象である。
例えばエタノール水溶液の蒸留では、エタノール濃度が96%のとき共沸混合液となり、それ以上どんなに蒸留しようと混ざった4%の水を除くことができない。
だから世界最高のアルコール度数で知られるお酒のスピリタスは96度なのです。
合成
エタノールは伝統的に、酵母菌によるアルコール発酵でグルコースC6H12O6から合成される。
石油化学工業的には、従来用いられてきた(A)硫酸法と、最近主流となった(B)気相法で合成される。
(A) 硫酸法
エチレンに硫酸を付加し、次いで加水分解することでエタノールを得る方法。
(B) 気相法
硫酸法は硫酸を用いるため装置の腐食などの問題がある。
そこで現在、固体リン酸触媒を用いたクリーンな気相合成法が主流となっている。
反応
エタノールは多種多様な化学合成に利用される。
代表的な反応例を以下にいくつか示します。
(i) エステル化
エタノールを濃硫酸触媒でカルボン酸と脱水縮合すると、エチルエステルが生じる。
例えば酪酸CH3CH2CH2COOHとエタノールのエステルである酪酸エチルCH3CH2CH2COOCH2CH3はパイナップルの香り成分であり、フレーバーとして用いられる。
⇒ エステル化について詳しくは『Fischerのエステル合成法 』参照。
(ii) ジエチルエーテルの合成
エタノールを濃硫酸触媒で150℃以下で加熱すると、2分子の脱水縮合によりジエチルエーテルCH3CH2OCH2CH3が生じる。
(ii) エチレンの合成
エタノールを濃硫酸触媒で170℃で加熱すると、脱水反応が起きエチレンCH2=CH2が生じる。
(iii) 脱プロトン化
エタノールに強塩基を作用させると水素イオンH+の引き抜きが起こり、エトキシドCH3CH2O-が生じる。
水素化ナトリウムNaHを用いるとナトリウムエトキシドCH3CH2ONaと水素H2が生じる。
(iv) 酸化
第一級アルコールであるエタノールは酸化剤によって二段階酸化され、アセトアルデヒドCH3CHOを経て酢酸CH3COOHになる。
アセトアルデヒドは還元性が高いため、汎用酸化剤である重クロム酸カリウムK2Cr2O7や過マンガン酸カリウムKMnO4を用いると一段階目で止めることは難しい。
一方、穏やかな酸化剤であるクロロクロム酸ピリジニウム(通称:PCC)(C5H5NH)+ClCrO3-を用いると第一級アルコールを一段階だけ酸化してアルデヒドを得ることができる。
なお、実は全く水がない状態ではアルデヒドは酸化剤に対して安定である。
お酒の化学 ~ 「酔っぱらう」と「二日酔い」
さて、エタノールと言えばやはりお酒に含まれていることが最大の特徴でしょう。
お酒、すなわちエタノールを飲むと酔っぱらう。
生理学的に言うと、全身麻酔のようにはたらき大脳皮質の一部を抑制制御から解放する、心機能の抑制剤です。
要するに、神経細胞を正常に働かなくしてしまうわけです。
さて、なぜエタノールは「酔っ払い」を引き起こすのでしょうか。
実はエタノールとたんぱく質が結合することがキーです。
神経細胞間で通信を行うシナプスという器官があります。
刺激は、「"上流"神経細胞 → シナプス → 後シナプスニューロン」という順で伝わります。
ここで、刺激が伝わってくるおおもとである"上流"神経細胞に注目します。
神経伝達物質の一種にγ-アミノ酸であるγ-アミノ酪酸(GABA)H2NCH2CH2CH2COOHという物質があります。
GABAが"上流"神経細胞の表面にあるたんぱく質と結合すると、たんぱく質の形が変化して塩化物イオンCl-が細胞内に流れ込むようになります。
すると神経細胞内外での電圧が小さくなり、細胞が興奮しなくなります。
これが抑制性の神経伝達物質であるGABAの正しい働きです。
一方、エタノールが存在すると問題が生じます。
エタノールも"上流"神経細胞の表面にあるたんぱく質と結合することができますが、エタノールと結合したそのたんぱく質は形が変化して、元のたんぱく質よりもGABAと結合しやすくなります。
すると必要以上にGABAが結合し、必要以上に神経細胞の興奮が抑制されます。
すなわち、以後の神経細胞へと刺激が伝わらなくなり、麻酔状態となってしまうというわけです。
また、お酒を飲んだ次の日に頭が痛くなる「二日酔い」が起こることがあります。
これはエタノールがアルコールデヒドロゲナーゼという酵素によって酸化されて生じるアセトアルデヒドが原因です。
アセトアルデヒドは体内でさらに酸化されて酢酸となり、代謝されていきます。上式(iv)。
参考
- 『新しい工業化学―環境との調和をめざして』足立 吟也 (編集), 馬場 章夫 (編集), 岩倉 千秋 (編集), 化学同人 (2004/01)
- 『アトキンス 分子と人間』P.W. ATKINS (著), 千原 秀昭 (翻訳), 稲葉 章 (翻訳), 東京化学同人 (1990/04)
「上手な人が作ると、グリニャール試薬は銀色透明な液体になる――」
以前、ある講義で有機合成の教授がそうおっしゃった。
(そんな馬鹿な・・・・)
我々学生たちは一斉にそう思った。
当時学生実験で臭化フェニルマグネシウムというグリニャール試薬の一種を調製したのだが、全員が全員茶色や肌色に濁った汚い液体になった。
だから「銀色で透明なグリニャール試薬」は我々の間では神話と化していた・・・・
今日の分子No.80 :臭化フェニルマグネシウム C6H5MgBr (+2THF)
ブロモベンゼンC6H5Brと金属マグネシウムから調製される、最も一般的なグリニャール試薬の1つ。
基本的に金属Mgにブロモベンゼンのエーテル溶液を混ぜるだけ。(あと活性剤として少量のヨウ素I2を入れる。)
臭化フェニルマグネシウムの調製 ※配位している溶媒は省略
なんと金属のマグネシウムがブロモベンゼンを滴下するとみるみる溶けていくという、不思議な反応なのである。
◎ グリニャール試薬の構造
普通は上反応式のように溶媒分子を省略するが、実際は上分子模型のように溶媒(主にエーテル)二分子がMgに配位してオクテット則を満たすようになっている。
THF(テトラヒドロフラン;C4H8O)が配位した構造。
さらに濃度や構造によっては、ジャングルジム型の多量体を作るなど複雑な構造を取る。
グリニャール試薬とはR-Mg-Xの構造を持つ有機金属化合物。
(Rはアルキル基やアリール基。XはBr、I等のハロゲン。色々種類がある。)
最近はグリニャール反応剤、グリニア等とも呼ばれる。
炭素-マグネシウム結合があることがポイント。
高校化学では出てこなくて奇妙に思えるかもしれないが、このような炭素-金属結合がある化合物を有機金属化合物という。
グリニャール試薬の面白い所は、マグネシウムが炭素より電気陰性度が小さいため、炭素がδ-に帯電していることである。
これによってグリニャール試薬の炭素はδ+に帯電している部分を攻撃することができる。
すると新しいC-C結合を形成することができる。
例えば臭化フェニルマグネシウムをホルムアルデヒドHCHOと反応させ、後処理として酸を加えるとベンジルアルコールC6H5OHが生成するだろう。
グリニャール試薬の反応例 ~マイナスとプラスは引きあう~
このように、グリニャール試薬は重要な反応剤なのである。
一方グリニャール試薬は水や空気・熱等に弱く、基本的に単離はできず、保存は難しい。
調製して直ぐに反応物と反応させなければならない。
(種類によっては比較的安定で保存が可能な物もある。)
調製時は絶対禁水。
水が混ざると反応して潰れてダメになってしまう。
また反応熱が結構出るのだが、温度が上がり過ぎてもグリニャール試薬は死んでしまう。
その一方で、温度が低いとグリニャール試薬の生成反応が進行しないため、シビアな温度管理が必要になってくる。
失敗すると茶色などに濁った汚い液体ができてしまい、次の反応の収率が悪くなる。
混ぜる速さ、タイミング、濃度、温度・・・・・
このように、グリニャール試薬の調製は熟練の感覚が必要で難しいのだ。
が、うちの研究室に「グリニア作り名人」と呼ばれる先輩がいらっしゃるのだ。
先日グリニャール試薬を調製する必要があった時、その繊細な作り方を伝授していただいた。
まず先輩の操作を見て学んで、自分の頭の中でイメージして、そして自分ひとりでそれを実践してみると・・・・
伝説の銀色透明のグリニャール試薬ができたよーーー!!!
以前学生実験の時に完敗した反応だけあって、リベンジとなるこの成功は最高にテンションの上がるものでした。
それ以来何度かグリニャール試薬を調製していますが、今のところ百発百中で成功しています!
では気になるその方法とは・・・
はぁ!?教えてやるわけねーよ!糞して寝な!(言い過ぎ。)
これは我が研究室に代々受け継がれている秘伝の調製法。
それに、もし文章に書いてもそれは伝わらない。
実際の操作を見て、微妙な溶媒量、混合速度、タイミング、全てを体で覚えなければならない。
化学実験はそういうところがあり、徒弟が住み込みで職人からワザを伝授されるように、体を使ってモノにする必要がある。
化学は紙の上だけでできるような簡単な学問ではないのです。
◎ 参考
- 『ボルハルト・ショアー現代有機化学〈上〉』, K.Peter C. Vollhardt, Neil E. Schore著, 野依良治監訳, 化学同人; 第4版 (2004/03)
さて、4月も終わり。
4月と言えば桜ですね。
今年も大学のキャンパスは美しい桜が満開でした。
ということで私のPCの今月の壁紙は、桜にまつわる分子「シアニジン」でした。
今回はこの分子を紹介します。
今日の分子No.79 :シアニジン C15H11O6+
植物に含まれているアントシアニン類の色素の一種。
イチゴ、リンゴの皮、サクランボ等の色の一因。
桜にも含まれている。
植物生体に含まれている時は、シアニジンのヒドロキシ基-OHに糖類が結合している形などで存在している。
シアニジンはpHに敏感で、pHによって劇的に色が変わる。
例えば、ケシの樹液は酸性なので花は赤色に色づきますが、ヤグルマギクはアルカリ性なので青色になります。
ある植物は受粉前後で樹液のpHを変えて花の色を変化させて、受粉後は虫に見つからないようにするものもあるとか。
1つの物質を無駄なくうまく使っている自然の凄さがわかる分子である。
「ムラサキキャベツでpH指示薬を作る」という小中学校の理科の実験がありますが、そのムラサキキャベツの色素も実はシアニジンです。
(他にも類似な構造のアントシアニン系色素が入っているようです。)
・・・というように、シアニジンは身の回りにたくさんあり、pHによってドラマチックに変色する不思議な分子なのです。
ではなぜシアニジンはpHによって色を変えるのでしょうか。
3位のヒドロキシ基に単糖であるグルコースが結合したシアニジン;C3Gを例にとって考えてみます。
C3Gは下図の4つの構造と化学平衡にあります。
シアニジン(C3G)の四つの構造。(Rはグルコース残基。)
*ただしキノン型塩基(Quinoidal base)構造のC=Oになる部分は他にもパターンがある。
これらは下式のように水酸化物イオンOH-が関する化学平衡の関係にある。
(水素イオンH+を用いて逆方向に平衡の式を書くことも可能。)
シアニジン(C3G)の化学平衡と平衡化学種の色。
ルシャトリエの原理により、水酸化物イオンの濃度が大きくなると平衡は右向きに偏っていきます。
すなわち、pHが変わると存在するシアニジン化学種の濃度比が変わり、水溶液の色が変わるのです。
※ 注意!
「化学平衡」の関係にあるので、アルカリ性にしたからと言って完全にフラビリウムカチオン(Flavylium cation)構造がなくなるわけではない。
どんなpHでもどの構造のシアニジンもいくらかは存在する、という化学平衡の概念を念頭に置いておこう。
では「なぜちょっと構造が変わると色が変わってしまうのか?」というところに興味が湧いてくる。
上図の4つの化学構造を眺めてみると、単結合と二重結合が交互に並んだ構造(共役系)の長さや様子が変わっていることがわかる。
実はこの共役系の長さ・様子が物質の色を支配する要因の1つ。
長く、美しいベンゼン環様の共役系を持つフラビリウムカチオン構造は青緑の光を吸収することで、残った鮮やかな赤色をしている。
一方、分子の真ん中辺りで共役系が分断されてしまっているカルビノール疑似塩基(Carbinol pseudobase)構造は可視光を吸収することができず無色である。
シアニジンは、その構造と色、光、pHが応答・関係し、自然の凄さを感じさせてくれる面白い物質なのである。
◎ 参考
- 『アトキンス 分子と人間』P.W. ATKINS (著), 千原 秀昭 (翻訳), 稲葉 章 (翻訳), 東京化学同人 (1990/04)
- 三津和化学薬品株式会社HP, 『日本の四季を化学する-第11回 桜の化学-』
- Naveena Yanamala et al.(2009), "pH-dependent Interaction of Rhodopsin with Cyanidin-3-glucoside.", Photochemistry and Photobiology, 2009, 85: 454-462
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